孤毒の月

005. 未来の色





あれからしばらく経って、僕はあの浜辺には行かなくなった。


どうしても通り道の為、
コンビニには何回か立ち寄ったが

あの女性はいなかった。


辞めたのかな…


辞めたなら辞めたで、会うこともないから
それでいいと思った。




学校に到着すると、

玄関で靴を脱いでる佐藤に遭遇した。



『おっす〜!』


「うぃ〜」



『日向お前、いつもあのコンビニ行ってんじゃん?』


僕らは上履きに履き替え
並んで歩きながら自分達の教室へ向かった。


「あのコンビニ?」


『そう、〇〇んとこにあるコンビニ』



「あー行ってるけど」



『そこに可愛いお姉さんいんだろ?
俺、2回くらいしかレジしてもらった事ねーんだよな〜』


あーあ

と佐藤が嘆きながら言った。


お姉さん…

そのコンビニは、他にはパートのおばちゃんしか
居ないから佐藤が言う”可愛いお姉さん”は

話しかけてきたあの女の事だろうと思った。



「お前、あんなのがタイプなの?」


僕が少し小馬鹿にして言うと、



『お前!”吉田先輩”、学校辞めたけど
めちゃくちゃマドンナ的存在だったらしいぞ!!』


吉田っていうんだ…

思い返せば確かに吉田ってネーム付けてたような…



僕は曖昧な記憶を思い返してた。



『聞いてんのか日向!』



「聞いてる、聞いてる笑」



教室に着いた僕らは

それぞれ鞄を置き、佐藤が僕の前の席に腰を下ろした。



『けど最近、吉田さん居なくね?
何回行っても会えねーんだけど』


「あー確かに最近見ねーな」


僕がそう答えるとさっきまで
どでかい声で喋ってた佐藤が急に小声になった。



『学校辞めた理由も結構いろんな
噂らしいけどな〜』


「色んな噂?」



『彼氏が原因とか、妊娠して家族で
揉めて辞めたとか…』


「へ〜。まぁ別になんで辞めようが
俺らには関係なくね?」


『お前は冷めすぎ〜
興味ねーのかよ〜』



「他人がどう生きようが興味ねぇよ」



自分が生きるので精一杯なのに
他人の人生なんて気にしてる場合じゃなかった。



『今日帰り、コンビニに行ってみね?
今日は居るかも!』


「会いたいなら一人で行けよ〜」



『頼むって!なんか奢るから〜
見にいこって〜』



手を合わせてお願いしてくる佐藤を見てると

面白くて僕は渋々OKした。






いつものように授業を受けて時間が経ち

あっという間に放課後になった。



帰りのホームルームを終えると

佐藤がすごい勢いで駆け寄ってきた。



『行くぞ日向!!』


「お前テンション上がりすぎだろ〜」



佐藤が廊下を走って先生に怒られながら
僕らは生徒玄関に向かった。





二人で自転車を走らせ、あのコンビニに到着した。



『居るかな〜?』


佐藤がコンビニの入り口前で店内を覗き込んだ。



「お前…不審者みたいだから普通に入れよ」


そんな佐藤を差し置いて
僕は店内に入った。


入り口付近にあるレジには、いつもいる
パートのおばちゃんがお客さんの会計をしていた。



「今日もいないんじゃね?」


『え〜マジかよ〜
辞めちまったのかな〜』


佐藤はため息をついて残念がっていた。



「お前、ちゃんと奢れよな」



『吉田さんもいないし
お前に奢らなきゃならねぇし最悪〜』


そんな佐藤の様子を見て僕は笑った。



すると背後からバタバタと走る
足音が聞こえてきて


佐藤と僕が振り返ると

そこにあの吉田が立っていた。



『吉田さん!!!』


そう叫んだ佐藤は、
驚いたのか、声が裏返っていた。



『防犯カメラで見たけど今、笑った?!』


佐藤の呼びかけを無視して
吉田は急に僕にそう聞いてきた。


「は…?」


吉田の勢いと、急なその質問の意味がわからなくて
僕は固まってしまった。



『笑うんじゃん〜』


吉田はそう言ってニコニコしだした。



吉田の顔を見ると、

右目に眼帯をつけていた。



『目、どうしたんすか?!』


佐藤が吉田に聞くと、


吉田は眼帯に触れながら
あぁ、これ?と言い、苦笑いをした。


『お母さんの事を職場まで送るのに
家の階段から落ちちゃってガッツリ怪我ちゃってね〜』


吉田が笑いながら言った。



『あ、だから最近休んでたんすか?!』


『そうそう!って、休んでたの
よく知ってるねキミ。笑』



『あ…いや…俺じゃなくて
コイツに最近休んでるって聞いて…』


佐藤はそう言って僕を指差して
なすり付けてきた。


「はっ!?お前だろっ言ってたの!!」


僕はそう言い返すと、


ポカンとしてた吉田はまたニコニコして

『気にかけてくれてたの〜?』

って問いかけて来た。


そんな二人のやり取りが鬱陶しくなって、

僕は佐藤の肩を軽く殴り
「帰る」と伝えてコンビニを出た。



『吉田さん…連絡先教えてください!!』


僕が店を出る寸前に佐藤が吉田に
そう言ってるのが聞こえた。



僕は、佐藤が必死になってるのに笑いを堪えながら

自転車に乗った。


吉田はまだバイト先にいるから

久しぶりにあの浜辺に向かった。




「あ…奢ってもらってねーや…」



奢ってもらってない事に気づいた僕は

今度奢ってもらえばいいか


なんて考えながら自転車を走らせた。






久しぶりに来た浜辺はぱっと見、
何も変化もなかった。


「やっぱり落ち着くなー」


僕は自転車を降りて、いつも座ってる
流木に腰掛けた。


久しぶりの潮風と波の音に僕は癒された。




すると流木の溝に
紙切れが挟まっていた。


「なんだこれ…」


その紙を手に取り開いてみた。





” 大丈夫。きっと未来は綺麗な色だよ ”



と、一文だけ書かれていた。



ボトルメッセージ的なやつか…?


だけどボトルに入ってないその紙は

当たり前に少し汚れていて、湿っていた。




僕は、鞄のペンケースからペンを取り出し
ちょっとした悪戯心で

その紙の端に、


” ボトルに入れないと紙が汚れるし
飛んで行って失くなっちゃうよ "



そう書いて、再び紙を折りたたんで

挟まっていた場所に紙を戻した。





夕日も沈み始めて
そろそろ帰らなきゃと思い

僕は自転車に乗り、

いつもの帰り道を通らず
違う道を通って帰った。





家に着くと、父親の車が停まっていた。



もう帰って来てたんだ…


父親が帰って来てるのもあって、

今日は継母からの嫌がらせされることは
ないと安堵して、僕は家に入った。





家に入ると継母はいつも以上に
何故か、不機嫌だった。


その横を通りすぎて自分の部屋に行こうとすると、

リビングのソファーに座ってテレビを
見ていた父親が僕の帰宅に気づいた。


『おかえり。
話あるからちょっと部屋にいなさい』



またありもしない事の説教だと思った。


僕は返事もせずに自分の部屋に行き

鞄を置いて、制服から部屋着に着替えた。




すると部屋の扉がノックされた。


返事をする前に扉を開けられて
父親が入って来た。



父は僕の机の椅子に腰を下ろし

僕はベッドに座った。



「…なんの説教?」


僕が聞くと父親は少しキョトンと
している様子だった。


『俺は普段そんなに説教してるか?』


と言い、父が笑い始めた。




するとポケットに手を入れて
ゴソゴソと何かを探し始めた。



やっと取り出した物を僕に手渡してきた。



新型のスライド式の携帯電話だった。




『この前これ眺めてなかったか?
あれ…違うやつだったか…間違えたかな…』


父親は少し不安そうに聞いて来た。


てっきり説教されるんだと思っていた僕は
サプライズに嬉しくて目が潤んできた。



僕のその様子を見た父が

『やっぱり違うやつだったか?
やっぱり一緒に見に行けばよかったな〜』と、あたふたし出し


僕は首を横に振りながら、

「いやこれで合ってる…ありがとう…」



父親は僕の頭をポンポンと撫でて
部屋を出て行った。



僕は携帯よりも父のしてくれた
サプライズの気持ちが嬉しくて


部屋で一人で泣いた。



父が僕に携帯を買ったから、

継母は機嫌が悪かったんだと思う。







次の日、買ってくれた携帯を持って学校に行き


仲のいい佐藤、小川、真内とだけ
連絡先を交換した。



『女子誰と交換した?』



「女子になんて教えてねーよ」



『え?!女子と連絡取るための携帯だろ!!』


「お前と一緒にすんな佐藤。笑」



僕たちはケラケラ笑っていると、

僕は、あ!っと思い出した。



「佐藤、お前そういえば
吉田さんの連絡先ゲットできたの?」



僕が聞くと佐藤が急に黙り出した。



『お…教えてくれなかったぁぁぁぁ
年下興味ないって追撃も添えられてぇぇぇ』


と、嘆き出した。


それを聞いた僕と小川と真内は、
大爆笑した。




『もう気まずくてあのコンビニ
にはいけねぇぇ』


「あ、お前奢る話どこいっ…」


『ほらもう気まずくて行けないから
奢れないな〜笑』



「お前、死んだら絶対に
地獄に堕ちろ!」



そんなやり取りをして
僕らは再び笑った。







その日、学校が早めに終わり

まだ帰っても父親がいないだろうと思い、

僕はあの浜辺に行った。



いつもの流木に座ると、

あの紙がまだ挟まっていた。



「まだ飛ばされずに生き残ってたか〜」



紙を手に取りなんとなく開いてみると


そこには新しく文章が増えていた。




” 失くなったらあなたが私を
見つけてください。笑 "



と、ジョークみたいな事が書かれていた。



それが少し面白くて笑った。




すると背後から、車のドアが閉まる音が聞こえた。


振り返ると吉田がこっちに向かって歩いてきた。


最悪なタイミングだと思った僕は、

慌ててその紙を制服のポケットに入れた。





僕は立ち上がって帰ろうとすると、


『ちょっと〜そんなあからさまに
避けないでよショックだな〜』


と吉田が言ってきた。




吉田は僕の横を通りすぎると、

さっきまで僕が座っていた流木に座った。



『あれ〜…やっぱ飛ばされちゃったかな…』



そう呟いて吉田は流木の辺りを
覗き込んで何かを探し出した。



まさか…


え…

あの紙コイツのやつか…?


ポケットに入れた紙を握りしめて

僕が突っ立っていると、



『ここに小さい紙切れ挟まってなかった?』


案の定、紙のことを聞いて来た。


「いや、見てない…」

僕は色々と恥ずかしくなって
見てないと嘘をついてしまった。



『飛ばされちゃったんだなー…』


吉田は少し残念そうに言った。



僕が立ち尽くしてると、


『あれ?帰らないの?』と聞いて来た。



いや帰るけど…

この紙どうすんだよ俺…

持って帰る?


いや、いらねぇだろ持って帰っても!


帰り道に捨てる?


それもなんか申し訳ないしな…



心の中で自問自答していると、


『まだ居るなら立ってないで
少し座ったら?』



吉田が隣をトントンと叩いて促してきた。




僕はとりあえず、座ってこの紙を
どうするか考えようと思い、

言われるがまま吉田の隣に座った。



「なんの紙?」


とぼけて吉田に聞いてみた。



『うーん…』


と渋りながらも、吉田は話し始めた。



『私、この場所が好きで
たまに来るって言ったじゃん?』



「うん」




『嫌なことがある度にここに来て
次に来た自分の為にメッセージ書いて
ここに挟んでたんだよね…』


『やってる事バカみたいでしょ?笑
けどそれ自分で読んで、よし!頑張ろ!って
自分で元気付けて帰ってたの。笑』




「……」



『ちょっと!引かないで!笑』




そうだったんだ…


尚更、ポケットにあるその紙を
出しにくかった。



『けど、それ繰り返してたらいつだったかな?
その紙に返事みたいなの書いててさ』


『ボトルに入れないと
飛んでいくよーみたいな』



俺だぁ…

何してんの俺…


もう恥ずかしすぎて
吉田の話どころじゃなかった。


『だから返事書いて挟めといたんだけど、
やっぱりその人が言うように
飛んで行っちゃったのかも…』




僕は話を変えようと、

吉田の眼帯に、話題を振った。



「まだ良くならないんだ」


『あ、目?これね〜…
本当は階段から落ちたんじゃなくてさ…』


「え…」



『彼氏がちょっと暴れん坊でさ〜…』



そう言って、吉田は服の袖を捲って
腕を見せてきた。


その腕には古めの傷や
新しめのアザがあった。




「それって…DVって事…?」


僕はまさかの理由とそのアザに
驚いてまともな返しが出来なかった。



『そうだね。笑 DVってやつだよね〜』



「なんで…別れないの?」



僕がそう聞くと、吉田が少し黙った。




『大人は大変なのよ〜笑』



「大人って…2歳しか変わんねーじゃん」



『うるさいな〜笑 とにかく
そう出来ない理由が多すぎんの。笑』



絶対にツラい出来事なのに
吉田が笑って答えた。



『だから今がツラくても、色が霞んでても
未来の世界の色が綺麗だといいな〜ってさ』




押し寄せては引いていく
波を見つめながら、吉田が言った。




僕は不思議な感情になって

そんな吉田を抱きしめた。



状況は違うけど、

傷を見た僕はその姿が
自分に重なって、ほっとけなかった。


されたくもない同情だったと思う。


自分だって同情なんてされたくない。


なのに、ほっとけなかった。




『ちょっ…何?!』



「……」



『可哀想とか思ったんならやめて…』



可哀想なんて、違う。

そうじゃない。



けど、恋愛に不慣れな僕は
良いことも言えなかった。





「笑わないで…」


僕は自分に言っているようだった。



痛くても、辛くても、苦しくても

僕は、人の前ではなるべく笑っていた。



笑って心の痛みを誤魔化して生きてきた。



だから勝手に、そんな吉田を
自分に重ねてしまった。






すると大人しくなった

吉田の身体が震え始めた。




『ガキのくせに…』



そう言って僕の事を抱きしめ返して

吉田は声を出して泣き始めた。



僕もつられて泣きそうになったけど

我慢して、涙を堪えた。







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