「星をきみにあげる」
第1章
月夜の本屋
「しょ、翔くん」
この日の俺は、人気のない校舎裏に呼び出されていた。
顔を赤らめながら綺麗な二重の目を瞬かせるのは、隣のクラスの吉田さんだ。黒い髪のポニーテールを風に揺らすその姿は、学年の女神とも呼ばれており、彼女を狙う同級生も多いと聞く。
「す、好きです。もしよかったら、付き合ってくれませんか……っ」
そんな女性に告白なんてされ、彼女にできたのなら、俺は学年一の幸せ者と呼ばれるだろう。
しかし俺は、早くこの場を立ち去りたくて仕方なくて、どうやって吉田さんを傷つけないで断るか考えていた。断り方を一歩間違えれば、男子たちはもちろん、女子たちからも敵になりかねない。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
お礼は欠かせない。
俺だって別に吉田さんの事が嫌いというわけではないし、学年の女神と呼ばれるほどの美人に告白されて嫌な気持ちになるわけがない。
俺の言葉に吉田さんの瞳が、微かな期待を抱いたのが分かり、少し焦って口から早口で言葉が飛び出す。
「だけど、ごめんね。今は彼女を作る気とかないんだ。それに吉田さんに俺なんか釣り合わないし、もっといい人がいると思う」
告白された時のお断りテンプレート文。だけど全て本音だ。
学年一の美女と俺では、釣り合うはずがないんだから。
俺の言葉に吉田さんは、整えられた眉を八の字にした。彼女の薄茶色の瞳に透明の膜がかかり、夕日がそれに反射する。
「そっか……」
震える声で無理して笑う彼女に、俺は続けて言葉をかける。
「これからも、友達として仲良くしてくれたら嬉しいな」
「う、うん」
「じゃあ俺、バイトあるから行くね」
吉田さんの返事を聞かずに、俺は背を向けて歩き出す。
友達として仲良くしてほしい、なんて、好きな人に言われたら辛い言葉だとよく言われるが、そんなことはないと思ってる。もちろん、傷つく人もいると思うけど、それより残酷な言葉がこの世界にはたくさんあることを、俺は知ってる。
『きも。話しかけんな』
思い出したくない言葉たちが、脳裏に浮かび上がる。
その人たちの声も、表情も、鮮明に思い出せる。
――ああ、嫌なことを思い出した。
忘れるように頭を振りながら俺は駐輪場へと向かい、自転車に乗って学校を後にした。