もう一度あなたに恋したときの処方箋


***


たまたまこの部屋に来ていた絵里は、さり気なくふたりの会話を聞いていた。

この総合商社に入社してから、大学時代にフットサルサークルにいた高木憲一が同じ会社にいるとわかったのだ。
サークルを辞めてからは彼を避けてきたし噂も無視してきたから、高木先輩の就職先など気にしていなかった。

(失敗したなあ……世間は狭い)

絵里はため息をついた。

憲一は入社二年目からロンドン駐在になっていたから、絵里や鞠子とはこれまで会わなかったのだ。
鞠子はシステム管理部に閉じこもっているから顔を合わせていないが、用心するに越したことはない。

(やっと鞠子は落ち着いて暮らしてるっていうのに)

社員はこんなに大勢いるんだし、まず会うことはないだろう。
でもふたりを会わせないためには情報収集をしなければと、絵里は聞き耳を立てた。

「それで、スペイン語に堪能な社員は見つかったんですか?」

「いや~中々難しいね。スペイン旅行経験者は山ほどいたけど、翻訳や通訳となると」

「外部からの採用は企業秘密がありますから難しいですね。では、性別や年齢は問わないという条件ではいかがでしょう?」

「君がそこのところ譲歩してくれるなら、見つかりそうだよ」

「は?」
「そもそも君がある程度スペインの知識があって、男性がいいとか厳しい縛りをつけるから見つからないんだよ」

(確かに、若い女性社員じゃあ色々と差しさわりがあるよね)

憲一の人気ぶりを考えると男性社員の方が仕事がはかどりそうだと、絵里は心の中で頷いた。

(彼と仕事したいっていう女子社員はうじゃうじゃいるけど、仕事にならないよね)

「でも今日の昼休み、たまたまスペイン語ペラペラの女子社員を見つけたんだよ」

「本当ですか!」

その話が聞こえた絵里はまさかと思った。鞠子だったらどうしようと不安になる。

「その子がいいんじゃないかと思うんだ~」

岡田部長がご機嫌な調子で憲一に話しだしたので、絵里はそっとふたりの背後に近付いた。





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