もう一度あなたに恋したときの処方箋
***
私が流通事業本部長の岡田部長から応接室まで来るようにと呼ばれたのは、エリちゃんから連絡があった次の日だった。
システム管理部の人間が流通事業本部長に呼ばれるなんて、滅多にない。
(エリちゃん情報に間違いなければ、理由はあれしかない)
昨夜エリちゃんから話を聞いて、私は逃げ出したい気分になっていた。
『受付でスペイン語をしゃべったんじゃない?』と聞かれて、そうだと答えたら呆れられた。
『岡田部長と、すっごくヤバい人が鞠子を探してる』って言われたので、どうしようと思っていたところだった。
ヤバい人って誰だろうと思いながら、私は応接室のドアをノックして深呼吸をした。
ゆっくりドアを開けて、俯き加減で中に入る。
ニコニコ顔の岡田部長と、昨日受付で会ったアコンチャさんが向かい合ってソファーに座っていた。
このふたりはヤバい人ではなさそうだ。
「マリコ、昨日はありがとう。おかげで助かったよ」
いきなりアコンチャさんが駆け寄ってきて、私の手を握ってくる。
「お役に立ててよかったです」
「マリコのスペイン語、上手だね。どこで習ったの?」
「姉がスペインの方と結婚して、マドリードに住んでいるんです」
アコンチャさんは興奮しているのか、手を握ったままで話しかけてくる。
「私もマドリードにはよく遊びに行くよ。近頃出来た日本食のお店は素晴らしいんだ」
「もしかして『ユズ』ですか?」
「そうそう、日本酒も飲めるんだよ」
「ありがとうございます。姉のお店です」
「なんと! 君のお姉さんはフィリオの奥さんなの?」
アコンチャさんは目を大きく見開いて驚いている。
スペインでは、姉の夫はわりと有名人なのだ。
「はい。フィリオ・ラ・セルダは義兄です。これからも姉夫婦のお店、よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
結局、私はペラペラとスペイン語でしゃべり続けてアコンチャさんと盛り上がってしまった。
この部屋には部長を含め三人しかいないし、姉の店を褒められて嬉しかったせいもある。
姉夫婦はこれまでセルダ家の農園で育てたブドウで高品質のワインを作ってきた。
それを自分たちが経営するバルやレストランで提供してきたのだが、今度は日本食やケータリングサービスへと事業を広げようとしている。
だからアコンチャさんにも、しっかりPRしてしまった。