もう一度あなたに恋したときの処方箋
「部長ここだったんですか。この資料に目を通されてますか?」
いきなり入ってきた人物を見て、私は息が止まるかと思った。
何年も会っていなかったけどすぐにわかった。
(あの人だ。高木憲一さんだ……)
少しがっちりして大人っぽい雰囲気に変わっているけど、大学時代と声は同じだ。
ゾワッと背中に悪寒が走る。忘れていたはずの、あの夜の不快感が蘇ってきた。
「高木君、急ぎなの?」
「はい。あ、もしかしてスペイン語の話せる社員? 見つかったんですか?」
こちらに視線を感じたが、私は顔を伏せたまま話すことにした。
「いえ、お断りさせていただいてました。部長、申し訳ございません。し、失礼します」
頭を下げたまま、私は応接室から飛び出した。
(エリちゃんの言ってたヤバい人って、高木さんだったんだ)
廊下を小走りでエレベーターホールまで駆けた。
(高木さん……)
エリちゃんは名前を聞いただけで、私がパニックになるってわかってたんだ。
突然のことに頭の中はゴチャゴチャだ。
もう大丈夫だと思っていたし、エリちゃんにも忘れたと言い続けてきた。
だけど実際に本人を前にしたら、どっと記憶が戻ってきた。
男の人に触られた感触とともに、憧れていた人からのひと言で傷つけられた心。
それなのにあの人の姿を見た途端、封印したはずの恋心まで思い出してしまった。
私の胸の奥では、まだあの頃の淡い思いは生きていたのだろうか。
(私、あれからちっとも成長してなかったんだ)