もう一度あなたに恋したときの処方箋
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その頃、応接室では大の男がため息をついていた。
「もう、高木君、せっかくあの子を口説こうと思ってたのに」
「いや、無理でしょあれは。それに言葉に気をつけてください。セクハラになりますよ」
憲一の言葉も、岡田部長は気にしていないようだ。
「だけどね~この仕事にピッタリの人材なんだよ」
「よく一日で探し出せましたね」
「聞いてくれる?」
岡田部長は褒められたと思ったのか、嬉しそうにしている
「昨夜帰宅したら、わが家に注文してた日本酒が届いていてね。これが美味しいんだ。早速、蔵元に電話して……」
仕事とは関係ない話が始まったので、憲一はうんざりした。
「それでね、若社長と話してたら彼の従姉妹がうちの会社で働いてるって言うんだよ」
「へえ~世間は狭いですね~」
どこまでこの話が続くのかと憲一は半分聞き流していたが、部長がとんでもなことを話し始めた。
「その子のお姉さんはスペインでレストランのオーナーと結婚してるって。しかも、あのラ・セルダ家のフィリオと!」
「部長がヨーロッパ支社にいた頃に通っていたレストランのオーナーですね。荘園持ちの元お貴族様じゃないですか」
ようやく憲一もこの話に興味が湧いてきた。
「詳しく従姉妹さんのことを聞いてたから、すぐに人事で調べてもらったの。そしたらあの子が特定出来たんだよ」
「そうでしたか」
憲一の中で、さっきの地味な社員とスペインの元貴族のイメージはかなり遠かった。
「システム管理部とは意外だったけどね」
「え? システム? あの女子社員が?」
優秀な理系が集まっている部署だが、外国語とは縁のないところだから憲一はますます驚いた。
「ね、一日で探すなんて頑張ったでしょ」
岡田部長はご機嫌で、憲一の顔を見た。
「いやいや、偶然が重なったんでしょう」
「え~。それだけ~? あの子が蔵元とスペインに繋がってるなんてすごくない?」
「今回のプロジェクトにありがたい人材なのは確かです。日本酒の蔵元とワイナリー関係者の両方に縁があるなんて」
「そう! いい子でしょ」
「はあ。いい子って表現はチョッとどうかと思いますよ。ですが、あの様子ではムリですね」
「そこで、君の出番なんだよ」
「意味がわかりません。ご贔屓の蔵元の親戚なら部長が担当すべきでしょ」
「そこは……君の方がぴったりだと思うよ。頑張ってくれたまえ」
部長はニコニコと意味ありげな視線を憲一に向けてくる。
「俺に……口説けと?」
コクコクと、部長は短い首を縦に動かしたように憲一には見えた。