もう一度あなたに恋したときの処方箋
高木次長に連れてこられたのは、ミッドタウン近くのスペインバルだった。
私も好きで何度も来たことがあった店だから、思ったほどは緊張せずにすんだ。
この店はお洒落な雰囲気で、フラメンコギターの音楽が流れている。
薄暗いけどダウンライトが効果的に配置されているから、恋人同士ならロマンティックな気分になることだろう。
奥まった席に案内されて、高木さんと向き合って座ることになった私はロマンティックどころではない。
「なにか頼もう。魚介は大丈夫?」
「……あの、食事より、要件をお願いします」
なんとかお願いしたのだが、高木さんには無視された。
「せっかくだから、食べながら話を進めようよ。スペイン料理、好きでしょ」
「はあ」
俯いたまま視線を合わせないように頑張っていたが、諦めて料理を頼むことにした。
まず、タパスとして魚介のサルピコンとマッシュルームのセゴビア風を注文した。
ワインと一緒に食べたいところだが、スパークリングウォーターで我慢する。
「あらためて、初めまして。流通事業本部ヨーロッパ食料部門担当の高木憲一です。といっても帰国したばかりだから、社内のことには疎くてね」
「は、初めまして。システム管理部の、篠原です」
視線は合わせずに、私はぺコリと頭を下げて挨拶をする。
次長から『初めまして』って言われた以上、私も同じ言葉を口にする。
きっと高木さんは大学時代の後輩だなんて思ってもいないのだろう。
(私のこと、覚えていないんだ)
やっぱりと思う気持ちと、侘しい気持ちが私の心の中で交差した。
「篠原君、これからよろしく」
「あの、よろしくと言われても、部長のお話はお断りしたんですけど」
私の気持ちなんてお構いなしに、高木さんは仕事の話を進めていく。
「食べながら聞いて欲しい。今回の件だが……」
料理は次々に運ばれてくるし高木さんは熱心に話し続けるし、私はどうすればいいのかわからない。