もう一度あなたに恋したときの処方箋
仕方なく高木さんの話を聞きながら、料理だけひたすら見つめてモグモグと自動的に口を動かした。
この店の料理は美味しいのだけど、こんなに味気ないのは初めてだ。
(あれ?)
ふと気付けば、私は苦手なはずの若い男性と向かい合って座っている。
しかも食事も喉を通っているし、仕事の話もちゃんと耳に入ってくる。
(こんなこと、あれから初めてかもしれない)
これまでは誰もが普通に出来ていることが私にはムリだった。それなのに、今日は違った。
(大学時代は、この人には二度と会いたくないと思って避けていたのに)
それだけ高木さんの話に引き込まれていたんだと自覚する。
話を聞いているうちに、なんとなくプロジェクトの全貌も見えてきた。
以前から我社の社長がヨーロッパ各地の土地ごとの名産品や特産品と、日本各地で歴史はあるが後継者不足や時代に取り残されつつある工芸品や加工品の交流をプライベートで進めていた。
そこに目をつけて、事業として展開していくことに決めたそうだ。
来年度からまとまった予算が下りるらしく、将来的には輸出入を進めてウィンウィンの関係を目指すらしい。
手始めに食品部門から取り組むことになり、まだ知られていないヨーロッパ各地のプライベートワインと日本の地酒の交流計画が決まった。
「その中で、スペイン関係が弱くてね。人材不足を補うのに是非協力して欲しい。うちの課に異動して働いてもらいたんだ」
「ムリだと思います。今いくつか仕事抱えてますし」
「即決しないで、チョッと考えてみない? 君の上司とはきちんと話をつけるから」
いつの間にか食後のデザートとしてナティージャが出されていた。
(信じられない。こんな人を好きになったことを後悔してるはずだったのに)
男の人とふたりきりで何時間も過ごせるなんて『奇跡が起こった』と思えるくらいだ。
高木さんといると、あっという間に時間が過ぎてしまった。
(どうしちゃったんだろう、私……)
高木さんは学生時代からリーダーシップがあったし、コミュニケーション力も高かった。
今はそれに交渉力も備わったようで、イヤとは言えない雰囲気になってきた。
「君のお姉さんのお店の宣伝は勿論させてもらうし、ご親戚の蔵元が発売した軽いスパークリングの日本酒にも力を入れさせてもらうよ。どう?」
(この人、ズルいタイプだったんだ)
そんなオイシイ話、断りにくいじゃない。
大学へ行かせてくれたお姉ちゃんに喜んでもらえるし、育ててもらった祖母の蔵元にも恩返しできる話だ。
そう思いながらも、私の体調はそろそろ限界だった。
無理に食事を詰め込んだし、男性と向き合って話すことに慣れていないせいか頭がクラクラしてきた。
「お話はわかりました、明日まで考えさせて下さい」
「わかった。いい返事を待っているよ」
醜態をさらす前にと、席を立った。
そして食事のお礼を言ってから、挨拶もそこそこに高木さんと別れた。