もう一度あなたに恋したときの処方箋


結論からいうと、篠原鞠子は仕事ができる社員だった。

岡田部長や憲一の希望通り、プロジェクトのために事業本部に配属された。
彼女は男性社員から離れた事業本部の隅っこにデスクを構え、独り黙々と憲一の要求するレベルの仕事を難なくこなした。

しかもまごついている派遣社員の手伝いや、女性管理職から頼まれたプレゼンの資料作りまで手伝っており守備範囲は広い。
先日など、システム管理部からのメールに慌てて部屋を飛び出して行くので何事かと思ったら、彼女の仕事を引き継いだ後輩社員からのSOSだったらしい。
あれでは働きすぎではないかと心配になる程だ。

憲一は、彼女の行動を観察している自分に我ながら呆れてしまった。
事業本部のデスクに殆ど座っていない自分が、どうして篠原鞠子の日常に詳しいのかわからない。

(俺はそんなに見ているのか? あのメガネ女子を)

いつもひっつめた黒髪。パソコンに向かっているときは姿勢が良いのに、普段はコソコソと廊下のはしっこを歩いている。
白かグレーか紺色の服しか身に付けないし、大きなメガネのせいで化粧をしているのかどうかさえはっきりしない。
たまに仕事の話をするが、けっして憲一と視線を合わせない。

普通なら感じが悪いと思うところだが、何故かその言動が可愛く思えてきた。
自分に懐かないペットのような、気まぐれで迷い込んだ捨て猫を構っている感覚だ。

(なんだか無理やりでも自分の方を向かせてみたくなるな)

その気持ちが好奇心なのか独占欲なのか、憲一にはわからなかった。





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