もう一度あなたに恋したときの処方箋
目の前にいるのは確かに篠原鞠子だと思うのだが、以前に会ったことがある気がしてならない。
憲一はいつもと違う鞠子を見て、一番にそう思った。
この前は『初めまして』と言ったけど、どうやら間違っていたようだ。
艶のある長い髪。驚いて見開いた大きな瞳。だけど、無防備な口元はポカンと開いている。
(いつ会ったんだっけ?)
記憶を辿るが思い出せない。
うねるような長い髪を見て、背筋にゾクッとなにかが走った。
その髪の手触りを確かめたくなって、思わず手が伸びる。
「いやっ!」
その手から身を守るように鞠子は椅子に座ったまま身体を大きくひねった。
「あ、すまない」
我に返った憲一は伸ばした手を慌てて引っ込めた。
しばらくどちらからも言葉はなかったが、ふたりの間には妙な緊張感があった。
先に口を開いたのは憲一だった。
「こんな時間まで残っていたのか? そろそろ電車の時間を気にしろよ」
彼はどうでもいい話でその場の怪しい雰囲気を壊そうとした。
篠原鞠子はハッとしたように眼鏡をかけて、長い髪をざっくり一つに纏めて俯いた。
「もう、終わるところです。課長はお帰りですか? お疲れさまでした」
「あ、ああ。君もあんまり遅くなるなよ。お疲れさん」
お互いわざとらしく視線を外して挨拶を交わしてから、憲一は部屋を出た。