もう一度あなたに恋したときの処方箋
私は慌てて起き上がり、服の乱れを直した。
すぐにここから立ち去りたかったけど、『淫乱』だなんて言われて誤解されたまま黙っているわけにいかない。
「じゃれてたんじゃありません! この人に無理やりされたんです!」
わかって欲しくてドアのそばまで行くと、逆光ではっきりしなかった顔がよく見えた。
思ったとおり、そこにいたのはフットサルサークルの副代表 高木憲一だった。
高木さんは私の憧れの人だ。だけど今は、無言のままで私を見下ろしている。
「……」
この状況で、佐藤はまだ高木さんに言い訳をしゃべり続けている。
佐藤の言い分を聞いている高木さへの失望が私の胸にわき上がってきた。
(こんな人の言うこと、信じたの?)
ふたりのそばにいたくなくて、よろめく足でなんとか納戸を出た。
頼りのエリちゃんを探して別荘の中をウロウロするうち、だんだん泣きそうになってきた。
今頃になって、手も足もプルプル震える。
(気持ち悪い……)
トイレでやっとエリちゃんに会ったときは、真っ青な顔をしていたらしい。
ざっと彼女にさっきの出来事を説明して、後日ゆっくり話をする約束をしてから私は荷物をまとめた。
もうここにはいたくなかったし、まだ最終の電車に間に合う時間だ。
エリちゃんにタクシーを呼んでもらって、ひとりで駅に急いだ。
(ひとりになりたい)
憧れていた高木さんに『淫乱』と言われたショックで胸が痛かった。
爽やかな笑顔と、俊敏な動きでプレー中もひと際目立つ人。
コートを出ても、サークル会員みんなに優しくて頼りにされていた人。
その人が状況を勝手に決めつけて、私を冷たい軽蔑した目で見たんだ。
(酷い、酷い、酷い!)
私は、ひとり暮らしのアパートに帰り付くことだけを考えるようにした。
自分の部屋に入ると、汚れた気がしていた身体をシャワーで洗い流した。
それから、深夜のベットで震えて泣いた。
男の人の力も、身体に触れる手も、顔にかかる息も気持ち悪かった。
(私のこと、信じてもらえなかった)
とっても冷たい目で私を見てた高木さんなんて、二度と好きになんかなるものか!
私の中で高木さんへの恋心は消えた。
この出来事が私の生き方にどんな影響を与えることになるか、その夜の私は気が付いてもいなかった。