もう一度あなたに恋したときの処方箋


「俺もまだ仕事があるから会社に戻る。一緒にその辺りまで行くか?」

「お、お気遣いなく。次長はごゆっくりどうぞ」

一緒に店を出たくなくて『ご遠慮します』と暗に伝えるが、高木さんは気が付かない。

「え~、高木さん帰っちゃうの?」
「もう少しいいでしょう?」

女性たちから悲鳴のような声が上がった。

「おいおい、高木君と飲む機会はいくらでもあるだろう」
「でも、せっかくなのに~」

女性陣は残念がるし、管理職の人たちは呆れるしでひと騒動になってしまった。
エリちゃんを含めて三人で、こっそり店を出た。

「人気者は大変ですね、高木課長」

路地を歩きながら、エリちゃんが皮肉っぽい言い方をする。
聞いている私の方が焦ってしまったが、高木さんは気にしていないようだ。

その時、うしろから無遠慮な声がした。

「あれ~義兄さんじゃない。久しぶり~」

酔った男が私たちの方へ近付いて来た。その両腕には女性がべっとり張り付いている。
狭い通りなのに、わざわざ三人並んで歩いているようだ。

その人の顔がはっきり見える距離になると、私は動悸が激しくなった。
思わずエリちゃんにしがみつく。
以前より恰幅が良くなっていたが、間違いない。佐藤正樹だ。

忘れるわけがない。あの夜のねっとりとした声。荒い息遣い。

佐藤は高木さんのことをなんて呼んだっけ。『お義兄さん?』と聞こえた気がする。

「正樹。こんなところで会うとはな」

佐藤は高木さんを無視して、私の方をじっと見ている。

「おまえは……」

一瞬だったけど、まるで幽霊でも見たかのように佐藤が驚いた顔をしたのが見えた。 
彼は大学時代より地味な姿をしていても、私のことがわかったのだろう。

「ちょっとこい!」

佐藤は両腕に絡まっている女性を高木さんに向かって投げるように放り出した。
思わず高木さんはふたりを受け止めていたが、私は佐藤に腕をつかまれてしまった。

「おい、正樹!」

「鞠子!」

高木先輩とエリちゃんの驚く声が聞こえたが、もう佐藤は走り出している。




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