もう一度あなたに恋したときの処方箋
鞠子は大人しそうに見えて気が強い。気弱そうで我慢強い。そして繊細な子だ。
だからフットサルサークルの合宿で鞠子が心に受けた傷は思ったより深かった。
チョッとくらい……と思える子ならよかったんだけど、鞠子はダメだった。
佐藤といたのを、憧れていた高木先輩に見られたうえに『淫乱なオンナ』と言われたのが堪えたんだろう。
あの言葉は、鞠子にとってトラウマなんだ。
鞠子は子どものころに、田舎でさんざんお母さんのことを『奔放』とか『淫乱』とか言われていた。
だから鞠子はちっとも悪くないのに、酷い目にあったのは油断したからだと自分を責めてた。
ずっとあの夜の記憶が消えなかったみたいで、精神的に追い詰められていた。
一年生の後期が始まって、スペインから帰国した鞠子と会った時のショックは忘れられない。
閉塞的な田舎から東京に出て来てあんなに明るくなってたのに、すっかりもとに戻っていた。
恋バナだって楽しそうに話していたのに、男の人が近くにいるだけで青い顔をしていた。
鞠子はお祖母さんに支配されていた子供時代より、もっと暗い表情になってしまった。
私にできるのは、諸悪の根源から守ること。
そして、憧れてた先輩に二度と会いたくないと言う鞠子の気持ちを尊重すること。
授業が佐藤と被らないように気をつけたし、フットサルサークルはふたりともすぐに辞めた。
私はできるだけ鞠子と一緒に過ごすようにした。
学校でも、プライベートでも、鞠子が苦手な異性とはなるべく接触しないように気をつけた。
大学を卒業するまで私にも彼氏は出来なかったけど、後悔はしていない。
いつか鞠子がトラウマを乗り越えられたら、その時は私、恋多き女になってやる。
後からわかったんだけど、鞠子より酷い目にあって佐藤に泣かされてた子はチラホラいたようだ。
お金持ちの息子だから、女の子誘ってドライブだ飲み会だって遊びまくってたから手も早かったんだろうな。
三年になった頃に佐藤の顔を見なくなったな~と思ったら、留学したとか噂が流れた。
『女性関係でやらかして逃げたんじゃないか?』と思ったくらいだ。
でも、これで鞠子と顔を合わせずにすむとホッとした。
佐藤がいないとわかってから、鞠子と私はずいぶんリラックスできたのだ。