壊れるほどに愛さないで
「……美織さん……美織さん」  

その声に顔をあげれば、益川チームのデスクでは、私と雪斗だけになっていた。

「あ、ごめんなさい……考え事してて」

「いや、今日の夕方からなんだけど、俺、山田総合病院のドクターとアポイント入って……」

雪斗は、私を心配して、今日から帰りは、家まで送るから一緒に帰ろうと言われていた。

「大丈夫だよ、タクシー乗るから」

小声で答えた私に、雪斗が、私のパソコン画面を、覗き込むフリをしながら、小さな声で囁く。

「タクシー降りて、部屋入ったら、必ず連絡して?マジで……心配だから……」

「うん……」

「あと、何かあったら、すぐ呼んで、必ず行くから」

雪斗の真剣な瞳に、心ごと吸い込まれてしまいそうだ。

「……分かった」 

雪斗は、私から離れると、さりげなく自分のデスクの上へと視線を向けた。

「じゃあ、今から東都大学附属病院のドクターとアポイントあるから、行ってくる、資料これだよね?」

雪斗は、私が用意しておいた、社名入りの封筒を指差した。 

「うん、気をつけてね」

「ありがとう」

雪斗は、右掌を一瞬上げて、すぐに引っ込めた。雪斗が、何をしてくれようとしていたのか気づいた私は、顔が火照る。

「こらっ、イチャイチャしない」

バタバタと外勤に出て行った、営業マンを見送ってから、工藤チームのデスクに一人で座っている和が、オレンジの唇を持ち上げた。

「あ、もう誰もいないんだ。じゃあ」

そう言うと、雪斗は、大きな掌で私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「わ……びっくりした」

「美織、また連絡するから」

「あっ!ちょっと、私の美織に触んないで!始末書ものよ!」

「美織の為の始末書ならいくらでも書きますよ。じゃあ、張り切って行ってきまーす」

雪斗は、涼しい顔で舌をペロリと出すと、営業所を後にした。
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