壊れるほどに愛さないで
僕は、ゲスト用のネームプレートを首から下げて、院長室の扉をノックするが、返事は、ない。アポイントを取らずに来たのだから当然か。僕は、構わず、ドアノブを捻ると、部屋の中へと入った。  

やはり、父の姿はどこにもない。

手元の時計はもうすぐ、14時だ、回診の時間なのかもしれない。

(30分ほどで戻ってくるかな)

僕は、大きなアンティークの本棚を眺める。父は、本が好きで、太宰治、夏目漱石といった文豪のものは勿論、三国志、水滸伝といった歴史小説も好きで、趣味の本達が所狭しと並んでいる。ただ、大きな本棚の三分の二は、研究熱心な父らしく、大量の医学書が、みっしりと本棚に詰まっている。

(父さんらしいな)

僕は、本棚のガラス戸を開いて、一冊の医学書を取り出した。

「母さん……」

僕の母は、僕が物心つく頃から、体が弱く入退院を繰り返していた。小学校三年生の頃、父に聞いて、母が、心臓病を患ってることを知った。

その頃、心臓外科部長をしていた父は、毎晩遅くまで、医学書を、読み漁り、忙しい合間を縫って、母さんの病室に僕と一緒に会いに行ったことを思い出す。会うたびに痩せていく母に、僕は、いつも気づかないフリをしながら、楽しい話だけをしていた。
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