壊れるほどに愛さないで
「そういや、母さんが死んだ日も……雪が降ってたな」

僕は、雪が苦手だ。

真っ白な雪は、何モノにも染まらないなんて嘘だから。

真っ白な綺麗なモノは、いつだって、僕の手からすり抜けて血液の様に真っ赤に染まる。そして、綺麗だと思っていたモノは、溶けて水に戻り、何処かへ流れてしまって、僕の掌には、一粒も残らない。

僕は、医学書を戻し、父のデスクの側の窓から外を眺めた。

「今年は、早いな……」

曇天の空からは、小さな純白の丸い粒が、ふわりふわりと舞い降りてくる。

そして、強い風に吹かれて、そのカタチは跡形もなく消えていく。

「まるで僕の想いとおんなじだ……」

美織に気づいてもらえないまま、美織の心に積もることなく、ただ、始めから何もなかったかのように、虚しさと空っぽの心だけが、カタチを成さない雪のように、ゆらゆら漂っていく。

「美織……」

それでも、呼ばずにはいられない。僕の愛しい、その(ひと)の名を。
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