壊れるほどに愛さないで
(遅いな……)

手元の時計は13時50分だ。

医局の扉をそっと除けば、まだ野田医師は見当たらない。俺は、胸を撫で下ろした。

(そろそろ、会えてもいい頃だけどな……)

もしかしたら、美織は、関係者以外立ち入り禁止エリアに入るのが初めてだろうから、医局を探して迷っているのかもしれない。

(ラインならいいか)

医局の扉の前から、目立たない壁際に移動すると、俺は、スラックスからスマホを取り出した。

その時、目の端に、赤みがかった茶髪の女性が映って、思わず見上げれば、桃葉が、医局近くの会議室へと向かっていくのが見えた。俺は、何となく、曲がり角に身を隠してから、片目だけで廊下を覗いた。

(ん?)

桃葉は、ドアノブを握ると辺りを確認しながら、慎重に中へと入っていく。まるで誰にも見つからないように注意しているみたいだ。

(なんだ?)

俺は、思わず、足音を立てないように、会議室へと向かった。

桃葉の入っていった、会議室の扉の磨りガラスの向こう側には、うっすらと、人影がみえる。小柄な方が、桃葉、もう一つの人影は、長身で、おそらく男だ。
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