壊れるほどに愛さないで
「今、医局、人少ないから、静かに話せそうだ。さ、どうぞ」

俺は、軽く会釈をすると、野田医師が、医局の扉を開いて入っていく後ろ姿についていく。野田医師は、自身のデスクの椅子に座ると、簡易の丸椅子を、俺に差し出した。

「あ、先生、僕は、立ったままで大丈夫です」

「今時、MRを立たせたまま偉そうに話す医者も少ないよ。僕も気になるし、ほら、座って」

野田医師は、黒眼鏡の奥の垂れ目を細めて見せた。

「では、お言葉に甘えて、失礼致します」

俺は、丸椅子に座ると、野田医師から頼まれていた資料を広げながら、細かく説明していく。

野田医師は、何度も頷きながら、俺の話を聞き終えると、暫く難しい顔をしていた。

「成程ね……やはり、喘息の薬じゃ、効果は、あまり期待できないかも知れないね」

「ただ、喘息患者様への投与データから、2%程ですが、心臓移植を受けた患者様と同じような発作が、治った、もしくは軽減した症例もあります」

説明に熱が篭る。もし、野田医師が、美織の事を考えながら、この話を俺としているのならば、俺も美織の記憶発作を治す方法を一緒に模索したい。治せるものならば、治してやりたい。
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