壊れるほどに愛さないで
「とりあえず、患者さん本人とも話してみるよ、まだ若いから、なんでもチャレンジしてみるかもしれないしね」

「野田先生なら、今ある薬の中からではありますが、患者様の為に、新しい治療法を見出して頂けるような気がしております」

「……君は……まだ若いね。でも、若さ故にひたむきさがある……」

野田医師は、目尻を下げた。

「君は、なぜMRに?」

こんな、質問をされたのは、就活の最終面接以来かも知れない。

「母が喘息持ちで、僕が、幼い頃から苦しそうに咳込んだり、ステロイドの吸入をしている場面を見て、幼いながらに、何かしてあげられる事はないかと思ったんです……喘息は、手術での治療より、やはり体への負担を考えて投薬治療が主流ですので、喘息治療薬開発に力を注いでいる、弊社で働きたいと思ったんです」

「成程……僕と似たような動機だね」

「え?野田先生、それは……」

野田医師は、ポケットの院内のPHSを一瞬確認してから、話を続けた。

「実は、僕は、母を心臓病で亡くしていてね。子供だったから、本当に無力だった。だから、大きくなったら医者になろうと決めたんだ。母の為にね。それに……」

野田医師は、デスクの上に飾られている写真立てを眺めた。小さな女の子が写っている。

「僕の妹だよ。これは、小さい頃の写真だがね。四年前に亡くなったんだ」

俺は、覗き込んだ、その写真の中の幼い女の子に釘付けになる。長い黒髪に、大きな黒い瞳……よく似てる……彼女に。

「四年前……ですか?」 

ドクドクと心臓は音を立て始めて、俺は、美織と美野里の顔が、交互に過ぎる。
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