壊れるほどに愛さないで
リビングの時計は、20時を過ぎた。

美織からの連絡は、ない。仕事終わりに、僕の家に直接来るはずだから、もう間も無くだろう。

僕は、冬生まれの美織の誕生日の日に渡そうと、随分前から用意していた、小さな白い箱をチェストの奥から取り出した。

「……受け取って……くれないだろうな」

今の状態で、美織に全てを隠したまま、結婚してほしい等と言っても、美織は、当然首を縦には振らないだろう。

昨日の怯えた美織の顔が蘇ってきて苦しくなる。本当は、あんな風に抱きたくなんてなかった。美織を泣かせるようなことだけは、したくなかったのに。

「僕は……許されない事をした……」


ーーーー美織にも。美野里にも。


僕は、チェストの上の写真立てを眺める。大学三年生だった美織を初めて見た時の事を思い出す。

一瞬、ほんの一瞬、美野里に見えた。

そして、その瞬間、僕の心には、美織が焼き付いて離れなくなったんだ。いつの間にか、僕のぽっかりと空いた大きな穴は、狂おしい程に、美織が愛おしくて、心が壊れてしまいそうな程に美織の全てを愛す事で、気づけば塞がっていた。

「いや、塞いでくれたのは、美織だ……」

僕は、寝室のデスクの1番上の引き出しを開ける。そこには、ずっと美織に見せられなかった秘密が入っている。

僕は、その中から手紙を取り出し、スラックスのポケットに入れた。全てを話せば、美織は分かってくれるだろうか。

ーーーーそれとも、やっぱり、美織もアイツを選ぶのだろうか。

僕は、拳を握りしめた。

「美織は、譲れない……もう、あんな思いは……ごめんだ」


ーーーーガチャリと鍵を開ける音がする。


僕は、引き出し閉め忘れたまま、慌てて玄関先へと向かった。
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