壊れるほどに愛さないで
俺は、帰宅後、美織に無事帰宅できたか確認のラインメッセージを送ると、食事も取らずに、野田医師との会話を、何度も頭の中で繰り返していた。

美野里が、臓器提供をしていた事を俺は、全く知らなかった。あの事件の後、何度電話しても美野里には会わせて貰えず、結局葬式にも参列させて貰えなかった。亡くなったという事実以外は何も知らされないまま、俺は、突然美野里を失った。

「美野里……」

吊り下げてあるカーテンの向こう側には、雪が舞い散るのが見えた。


ーーーーそう、あの日も雪だった。


『初雪の日に、恋人同士が会うと、ずっと一緒に居られるんだって』

バイトの後、突然かかってきた電話に出ると、美野里は、嬉しそうに俺にそう言った。

『それどこ情報?また恋愛小説?』

『バレた?今流行りの恋愛小説の一節。今日から映画化されたの。雪斗、レイトショーで一緒に観に行こ』

美野里は、恋愛小説が好きで、この頃は、余命いくばくないヒロインが、恋人と来世は、ずっと一緒にいる事を願う切ない純愛物語にハマっていた。

『……でも、夜遅いし、この間も無言電話あっただろ?何なら家まで迎えに』

『あ、大丈夫、駅まですぐだし、電車さえ乗れれば、安心だしね。夜は、雪斗ん家泊めて』

『うーん、大丈夫?』

『大丈夫!雪斗に会いたいの』

『了解。じゃあ、駅前で待ってるな。美野里、気をつけて来いよ』

『うんっ、雪斗大好きっ』

この時の電話が美野里と話す最後の電話になるなんて、俺は、思いも寄らなかった。

この時、美野里を(なだ)めて、レイトショーに行くことさえ諦めていれば、美野里は、今も生きていたんじゃないだろうか。
< 175 / 301 >

この作品をシェア

pagetop