壊れるほどに愛さないで
美織は、目尻に涙を溜めたまま、僕の瞳を真っ直ぐに見つめたまた、僕の言葉の続きを静かに待っている。

「だから、僕は、医者になろうと思ったんだ。それまで医者なんて、父と橘家の敷いたレールにしか見えなくて、母を助けられなかった父を見たせいもあって……興味なんてまるでなかった。でも……美野里の泣いてる姿を見て、心臓病で苦しむ人達に寄り添って、僕が、出来ることを精一杯すれば、もしかしたら……美野里のように悲しむ人を減らせるかもしれない……二人の母さんのように心臓病で苦しむ人の助けになれるかもしれない、そう思ったんだ」

僕は、もう一度呼吸し直す。全てを話すと決めた今現在ですら、わずかな迷いは消せない。美織を傷つけたくないから。

「……そして……美野里が、大学4回、僕が大学3回の冬に事件は、起こったんだ。その日の夜……美野里は、当時付き合っていた、恋人と、レイトショーで映画を観に行く約束をしてたんだ……その恋人の名前が、待野雪斗……」

僕は、乾いてきた口内を、ココアで少しだけ湿らせた。

これから話すことを、美織は、受け止める事ができるだろうか。

僕を許してくれるだろうか。

「友也……大丈夫?」 

「うん、全部話すから……」

美織が、小さく頷いた。

「……その美野里と待野雪斗が、行こうとしていた映画の原作が、僕が、美野里から、おすすめだからって貰った恋愛小説なんだ……美野里は、恋愛小説が好きだったから……挟んでいた写真は、待野雪斗に撮ってもらったんだって、美野里が、嬉しそうに話してて……亡くなった後、美野里の部屋を整理したときに、僕が勝手に持ってきたんだ」

「……美野里さん……は、どうして、亡くなったの……?ストーカーが、原因……なの?」

「分からない。ただ、美野里が、高校の創立記念パーティーに行ったあたりからだと思う。急に、無言電話や、盗撮写真が送られてきて、よく美野里が、怯えてた。だから、美野里が……出かける時は、最寄り駅まで、いつも僕が車で送り迎えしてたんだ」

自分の声が、震えてくるのが分かった。

「でも、あの日だけ……僕は……美野里を駅まで送らなかったんだ。美野里に振り向いてほしくて、僕は……自分の欲望のままに美野里に手を伸ばしたんだ……」

吐き出した言葉と共に飲み込んだ唾液は、喉に絡みついたココアと混じって、何故だか血の味がした。
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