壊れるほどに愛さないで
『ねぇ、ともくん、駅まで送って』

何かを僕に頼む時は、美野里は、きまって子供みたいに、無邪気に笑いながら、両手を合わせて、お願いポーズをよくしていた。

『しょうがないなぁ、美野里は』

『ダメなお姉ちゃんだよねー』

お姉ちゃん……、僕は、美野里を姉だなんて一度も思ったことなどない。そんな伝えられない、燻った想いは、気づかないうちに、ぶくぶくと膨らんで、いつしか嫉妬で、醜く色を染めていたことに僕は、気づいて居なかった。


そしてーーーーあの冬の夜、僕は、過ちを犯した。

『美野里どこ行くの?』

時刻は、20時を過ぎている。ストーカー行為が始まってから、美野里が、こんな時間に出かけるのは珍しかった。

『お父さんも仕事で遅いし、帰ってこなさそうだから出かけてくる。みたい映画があるの』

『今から?また相手は、待野雪斗?』

僕は、分かっていて、そう口には 吐いた。美野里が、大学で出会った、同じ学部の待野雪斗との交際は三年になる。怪訝な顔をした僕に、美野里は、肩をすくめた。

『うん。だってね、ともくん外見てよ、初雪。初雪の日に恋人と会って、好きだよって、永遠の愛を誓うと、来世もずっと一緒に居られるらしいの』

『そんなの、本の中の話でしょ』

『いいじゃん。ともくんも私に気を使わずに、彼女と出かけていいんだよ』

『彼女なんて、居ないよ』

『ともくん、この間も家の前で告白されてたの、お姉ちゃん知ってるんだよ?』

揶揄うように、僕の腕を美野里が肘で突ついた。今晩も父さんは帰ってこない。僕は、美野里を自分のモノにしたくて堪らない衝動を何とか抑え込む。

『ね、美野里、たまには二人でカラオケでも行こうよ』

無理だと分かっていながら、僕は、そう言葉にした。待野雪斗の元へなんて行かせたくない。

『ごめん、もう雪斗と約束しちゃって』

いそいそと、お気に入りのピアスをつけて、オレンジ色のルージュを引き、白いコートを羽織った。好きな人のためにお洒落をして出ていく美野里を眺めながら僕は、拳を握った。

『あ、雪斗からラインだ』

美野里は、震えたスマホを見ると、すぐに指先を細かく動かしていく。

『今から、家出るから……っと、よし』

オレンジベージュの口紅の口もとを緩めながら嬉しそうに笑う彼女を見ていると閉じ込めたくなる。僕の腕の中に。僕だけの心の中に。
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