壊れるほどに愛さないで
「痛かったなぁ……」

見れば男の視線は、男の手元に向けられている。

────噛み痕!

男の掌には、真新しい噛み痕がはっきりと付いていた。その噛み跡は私が男に拉致されそうになった時、噛み付いた場所とほぼ同じだ。

(そんな……)

「はい、答えは?」

「三、橋さん……? 」

男は、サングラスとマスクを雑に床に放り投げる。大理石の真っ白な床にサングラスが落下してカツンと音が響いた。

「はい、正解。さすが名探偵」

切長の一重を細めると、素顔を晒した三橋が唇を持ち上げた。

──意味が分からない。私を助けてくれたのは三橋で、私と美野里にストーカーをしていた犯人は病院にいた勇気の筈だ。

「どしたの、その顔?すっごい驚いてるって言うか、戸惑ってる? 」

三橋は前髪を握って、ずるりと赤髪のカツラを取り去ると私の目の前にぽとりと落とした。

「これ、カツラだよ。俺と勇気は高校からの同級生でさ、赤髪といえば、高校時代から勇気の専売特許なんだけど、ちょっと真似しちゃった。ちなみに俺は茶髪にパーマだったから」

その言葉を聞いた瞬間に、私の頭の中に焼き鳥屋でみた集合写真が蘇る。あの時写真の片隅に写っていた、どこかで見たことあると感じた人物は三橋だ。

「あの27期生の集合写真の片隅に写っていたいたのが三橋、さん……だったんですね」

三橋がクスッと笑う。

「そうだよ、美織ちゃんが赤髪の男が犯人だと思うように仕向けて、時間稼ぎさせてもらった。今頃勇気、職質受けてなければいいけどね、ウケるー」

ケラケラと笑いながら、三橋が私の身体に触れる。
< 279 / 301 >

この作品をシェア

pagetop