恋の神様がくれた飴
食事を終えて土居と並んで歩く
コツコツと響くヒール音を聞きながら
元カレと並んで歩いたことがあったかな?と思いを巡らせた
仕事の愚痴を聞いてもらって
妹の話を聞いてもらって
雑誌で見つけた店に行きたいって
ご飯を食べに行って
『キスして』って夜の遊園地で
私から誘ったファーストキス
二十五歳にもなって経験が無いことに焦って
海水浴の帰りに誘って断られた時は落ち込んだ
愚痴ると宥めてくれて
泣いてると慰めてくれて
でもそれは
・・・いつも私から
電話もキスもデートに誘うのも・・・私から
『敏博さんが好き』
そう言ったのは・・・私だけで
彼から『好き』とか『愛してる』とか言われた記憶がない
考えてみると
本当に付き合っていたのか
私の一人芝居に思えた
・・・何だか
「馬鹿みたい」
落ちた気持ちは視線も落とした
「・・・え」
驚いて立ち止まった土居の声は焦っていて
顔を上げるタイミングを無くして
「・・・違うの、違わないか
・・・私って馬鹿みたいでしょう」
可哀想な自分に急に笑いが込み上げてきて
それが少しずつ涙に変わった
「・・・え、りさん?
あの、僕、何かしましたか?」
涙は止まってくれそうにもなくて
頭を横に振るだけで精一杯の私に
カツカツと革靴の音が近付いて
おでこが土居のスーツと打つかった
・・・っ
それが抱きしめられていると分かるまで数秒
歩道の真ん中だったことを思い出した
「・・・は、なれてっ」
もがいてはみたものの
腕の中が良いと頰が離れてくれなくて驚く
フワリと鼻腔を掠めるシトラス系の香りに癒されて
土居の少し早い胸の鼓動が
心地良く聞こえるようになるまで
身を任せることにした
。
「ごめん、もう大丈夫」
そう言って離れたのは数分後
それによって見えたのは
土居のスーツに付いた涙とファンデーション
それにハンカチを押し付けただけで
「車で化粧直してくる」
立ち尽くす土居を置いて
駐車場に止まる車に乗り込んだ
「・・・フゥ」
化粧ポーチを取り出して急いで顔を見る
鏡に映るのは目の周りが黒くなった化け物で
なんとか誤魔化して車から出た
両手を広げて背伸びをすると
目の前に土居が立っている
慌てて手を下ろし体勢を直す私に
「えりさんて、おかしいですね」
見下ろす土居は満面の笑みで
「ど、ういう意味?」
悔しいけど、言葉の意味が気になった
「取り繕わなくていいのに
周りのことを気にしすぎですよ?
僕と居る時くらい力を抜いて下さい」
・・・っ
なんだろう四つも年下の土居に
見透かされて歯痒い
こういう言葉は
簡単に私をぬるま湯に浸からせる
絆されそうになる気持ちに喝を入れた
防御のために壁を作る
「知った風な口きかないで」
出来るだけ冷たく吐き出す
それなのに
近づいた土居は
棒立ちの私をまた抱きしめた