猫と髭と冬の綿毛と

ニューヨークへ来てから一年程が経ち、此方の人々は自分の風貌より、カメラに付けた玩具の方が気になるようで、手にしては口々に"綺麗だ"とか"素敵だ"などと言い、必ず"誰からのプレゼントだ?"と聞いてくる。

こんな時、答えは一つしかないのに、やはり、愛想笑いを浮かべて戸惑いながら応えた。

『とても大切な人からの贈り物なんだ』

すると、相手は直ぐに頷き、目を輝かせながら"素晴らしい女性だ"と大袈裟な身振りで褒め称える。
思わず苦笑いで返すと、軽く肩を窄めて眉尻を下げ、そんな女性を一人にして置くなんて可哀相だ、と悪戯な顔をして此方の心を弄ぶ。

けれど、肝心な部分には触れられず、ただ、黙り込んで佇む。

空港で彼女と別れてから連絡が来たのは数回程度しかなく、いつも様子を問われて返すだけの短い時間だった。

相変わらず呼び方は"髭"のまま。
確かに聞いた二言は間違いなのでは、と思い始める。

考えを耽るほどに、交際を始める件については互いに一切触れてない。

元より約束を守れないのが一番の原因だと分かっている。
忙しいのは最初の半年間で、生活に慣れてから仕事の割には適当に進んでいた。
休むなら勝手にしろ、と言うのが関係者の形式だが、纏めて取れば現実が押し寄せるのが目に見えてる。

現地に着くと、ホームステイが決められていて、恰幅の良い婦人と幼い子どもを含む、三人暮らしの温かい家庭だった。
そこを拠点に日々を過ごしながら、仕事以外で出歩くこともなく、朝になれば浴室で鏡を覗き込み、歯を磨いて髭を整える。

以前に比べると髪が伸び、彼女が十年は笑えそうだと言った原住民を超え、秘境に住む部族のような見た目をしている。

『また十年は笑えそう……』

その姿を目にした時の言葉を浮かべて、思い出を閉じるように工程を終え、浴室を抜け出した。
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