猫と髭と冬の綿毛と
相変わらずの口振りだが、内容を顧みれば、余りにも用意周到すぎる。
断る権利や隙が無いのはともかく、先程の違和感が阻んでいた。
けれど、既に電話は切られて、折り返しなど出来ない。
一体、何を考えてるんだ……?
まさか、こんな形で帰国するとは思ってもなかった。
邪魔な髪の毛を丸眼鏡で留め、搭乗口から足を進めて空港内を眺める。
周りに慌しく人々が行き交う中で、誰かが再会に抱き合い、見送りを惜しんでいた。
自分を出迎える姿はなく、長椅子を横目に空港を出て行く。
理由は簡単で、機内の情報番組から流れていた。
爽やかさが際立つ短髪、イケメンの部類に相当する顔立ち、モデルのような背丈と細身の体格で、何一つ欠点がない人の正体を、大きな見出しが現すと、木崎の言葉と重なる。
同じ事務所に在籍する男性歌手の名前は覚えてないが、彼女と付き合い始めて交際期間が一年半、と告げたのは正確に聞こえた。
(思いっきり被ってるだろ……)
胸の内で咄嗟に毒づくと、どこからともなく冷静な自分が現実を突きつける。
そもそも、此方は"付き合おう"とすら口にしてない。綺麗で可愛い"女優"にキスをされ、たった二文字に舞い上がっただけだ、と。
思わず苛立ちを抱えたが、行き場もないまま、タクシーへ乗り込み、目的地を告げたあと、窓の外へ目線を放り投げる。
ゆっくりと空港を抜け出し、高速へ上がると同時に距離を詰めて行く。徐々に近付く景色を眺めるうちに、心境の変化を遂げていた。
先程に見た映像など忘れ、気持ちの片隅から直ぐに、彼女に会える、と沸いて来て胸が高ぶり、仕事へ向かってるのにも関わらず、暇さえあれば考えた状態で、本当にどうかしている。