猫と髭と冬の綿毛と
ふと、気付けば、タクシーが目的地の横で、寄り添うように停められていた。
表示された料金を支払い、釣銭をポケットに詰め込みながら抜け出し、入口の前で立つと同時に大きな溜息を吐く。
唐突な依頼で帰国させられた、とは言っても、ここまで来た以上は、何よりも無心で仕事をするしかない。
堅い決意を胸に抱いて携帯を手に、聳え立つビルから撮影所へ足を進めると、日比谷の現場とは明らかに違う雰囲気が漂う。
どこかを参考に組まれた部屋を背景にして、大勢の関係者やカメラマンが所狭しと行き交い、慌しいと言うよりは煩い声が方々から聞こえていた。
「おい!カメラの位置違うぞ、ちゃんと把握しとけよ!」
「済みません!」
思わず耳を塞ぎたくなるような怒声に肩を軽く窄め、気まずい空気の中で視線が彷徨う。
険悪な様子を避け、人混みを縫いながら這わすと、少し開けた目の先で、漸く彼女を捉える。
綺麗な顔を更に輝かせる化粧が施され、白い衣装の上から見慣れたパーカーを羽織り、いつもの飴をくわえていた。
一年の月日を、髪の長さで感じ、知らない表情も増えた気がする。
それは、彼女の隣で優しく寄り添う"彼氏"の存在が大きく、周りから見ても"お似合いの恋人同士"だった。
おそらく、此方のことなど忘れて、順調な恋を育んでいる。
目の前に入る隙が無いのは確かだが、彼女は一度も振り向く事さえない。
――すべて幻さ、夢を見ただけさ
甘い歌声が哀調に乗せられ、辺りは物憂げな音色に包まれていた。