猫と髭と冬の綿毛と

休憩も間々ならないほどの仕事を終え、事前に指定された宿泊施設へ向かって行く。
着いて見ると、大層な名前の割りには、ただのビジネスホテルで、細かいところまで癪に障るが、狭い一室でも居心地は悪くない。

疲労の赴くままに眠りたい気持ちを堪えて、その日に撮れた写真の確認作業へ取り掛かる。
すると、まともに撮れてるのが彼女だけで、彼の姿や二人の画像はブレて使い物にならず、思った通りに分かり易い、と呆れながらも笑った。

けれど、笑える話ではない。

今回の件は木崎からの依頼で、あの鋭い眼光の強さから、妥協などは一切許されない。
しかし、それにしても腑に落ちない、と思考が廻り始める。

おそらく、自分を選択した理由に、彼女が絡んでるのは間違いない。
そこで、前回と比べると、答えは簡単に導き出された。

まだ、此方が交際に発展してないのを知り、マネージャーの立場から依頼を仕掛けている。

彼女を"当社の商品"とするなら、大事な人材を易々と粗雑な男に渡すと、将来的に可能性がない。
託すならば、有名人の方が会社の経営も上向き、彼女の今後にも期待が持てるのは明らかだった。

要は今回を切り札に、此方が身を引くべきだ、と告げているのか……。

『また御縁が有りましたら、宜しく御願い致します』

流石に一年越しで伏線を回収されるとは思わず、煙草を口にして火を点け、溜息と共に大きく吐き出す。

失恋をしたような、儚い気持ちの片隅で、彼女のことを想う自分が確かに居て、残りの六日間を揺らいだ感情のまま、仕事が出来るのか、一抹の不安を抱えた。
それでも、受けた仕事は責任を持って終えたい。長い一週間だと項垂れた。

不意に鳴らされた携帯に、腑抜けたままで応える。
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