猫と髭と冬の綿毛と
「はい」
「お疲れ様、お髭さん」
優しげな声に胸は跳ねるのに、感情が追いつかず、冷たい口調で返した。
「なに?」
「どこで撮ってたの?全然会わなかった」
拗ねた口振りで言う彼女に、尚更冷たく当たってしまう。
「たまたまだろ……」
「そっか……」
明らかに下がった声が、気持ちを揺さぶる。
「なぁ……」
「なに?」
自分のことは何だったのか、と聞きたいのに息を飲む。
「早く寝ろよ、疲れた顔してた、切るぞ……」
「またね、お髭さん……」
此方のことを問うには、不甲斐ないと言うより、余りに子ども染みてる。
切り際に聴こえた声が、悲しげに耳の奥へと落ちてゆく。
おそらく、このまま同じようなことを、残りの六日間は繰り返すのかもしれない。
それが終われば、番号を消して、着信も拒否すればいい。
徐に立ち上がり、浴室へ足を進めると、目に付いた剃刀を手にして、慎重に髪の毛を削いだ。
跳ねた箇所から削ぎ落とし、前髪を梳いた所で額を傷付けたが、状態を見れば浅い物で、短い線から血液が滲んでいた。
小さな絆創膏を貼ったあと、全体的な仕上がりを鏡で確かめると、出会った頃より短いが、悪くはない、と気分が軽くなる。
思い付くままにキャリーケースを開け、服を取り出して小さなテーブルの上へ置く。
こうして準備するのは、いつ以来か、繋ぎ服以外を着るのは久しぶりだった。
きっと、これで彼女は気付かない。