猫と髭と冬の綿毛と

漸く三日目の朝、先の長い撮影で重い溜息を吐きながら、繋ぎ服の裾へ足を入れる。
昨日の電話が尾を引いていたが、真意も探らず、苛立ちばかりを募らせた。
それは、掻き消そうとしても、風に煽られた火のように燻ぶる。

現場に着く頃に脳裏を切り替え、セットの中で寄り添う二人に近付き、カメラを構えて、シャッターを切る。

「いって……」

彼の小声と同時に足元では、此方の爪先が大きな手先の前で、微かに触れていた。
注意は払って居たが、完全に軽く当てた状況を、彼は露骨な態度で立ちはだかる。

「済みません……」

先回りしても既に遅く、相手は詰め寄り、此方を見下ろす。

「なに、その言い方」

「済みませんでした。以後、気を付けます……」

深く頭を下げたまま、床を見続けた。

「止めなよ……、その人、カメラマンだよ。言ってる意味……、分かるでしょ」

周りに配慮した彼女の声に、一度は引き下がる様子を見せたが、苛立ちは収まらず、矛先が此方へ向く。

「大したことねぇ男だな……」

燻っていた火へ薪を焼べられたように、一瞬にして身体中に熱が走った。

「ごめん、岩谷さん……」

彼女は素早く此方の手首を掴んで、静かに息を吐き出す。

初めて呼ばれた苗字が、他人事のように聞こえた。
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