エリート脳外科医は離婚前提の契約妻を溺愛猛攻で囲い込む
その日は少し早く病院を出て、ある場所に向かっていた。
西條総合病院の、精神科の正司護先生のところだ。
今活躍している若手の精神科医のほとんどがこの正司先生が育てたと言っても過言ではない。
先生は今は海外で研究していることも多いが、日本では東京都大学と、西條総合病院で非常勤で臨床に対応している。
診療後の精神科の診察室で、俺は正司先生と向かい合った。
普通の診察室とは違い、ソファに応接セットがある普通の家のリビングのような場所だ。気持ちを落ち着かせるためと言うが、確かに香澄との我が家を思い出してホッとする。
対面に座って、正司先生は相変わらずの人懐こい笑みを浮かべた。
「すまないね、時間を取ってもらったうえにわざわざ出向いてもらって」
「いえ、むしろご連絡をいただいて助かりました。直接お礼もお伝えしたかったので。妻の件では、ご相談に乗っていただき、ありがとうございました」
俺が頭を下げて顔を上げると、正司先生は目を細める。
「いや、その件ではあまり役に立たずですまなかったね。でも、味覚も戻って本当に良かったよ」
そして三センチくらい親指と人差し指を広げて見せた。
「それにしても……こんなに小さかった昴くんが、こんなに大きくなって、結婚までしたなんて感慨深いよ」
「さすがにそんなに小さくはありませんでしたが。先生、相変わらずですね」
「ははは。久しぶりの顔に会えれば年甲斐もなくはしゃいでしまうんだ」
先生は明るく笑う。
正司先生は自分の父の同期で、俺が小さい頃から時々会うことがあった。
昔からいつでも明るくて、少し子どもみたいで、人の気持ちを安心させる不思議な人だ。