エリート脳外科医は離婚前提の契約妻を溺愛猛攻で囲い込む
正司先生は、ひと息つくとまっすぐこちらを見つめる。
「話したかったのは、辻中貴美子さんのことだ」
「はい」
辻中さんが正司先生にかかっていると知ったのは、香澄の事故から随分経ってからだった。
考えていると、正司先生は意外なことを言う。
「それと香澄さんとのこと」
「香澄? 味覚の話ですか?」
正司先生には香澄の味覚の件で精神的なものを疑って相談していたが、香澄と先生には直接の繋がりはないと思っていた。
香澄も正司先生の名を口にしたことはない。
「以前、彼女が一之宮総合病院で病棟保育士をしていたろ? その時にそこにいた男の子の相談で、人のツテを頼りに私のところに来たことがあったんだ。熱心な子だな、という印象だった」
「そうですか」
彼女が働いていた時のことは、同じ病院にいたにも関わらずあまり知らなかった。
その時は自分はまだ病院と患者のことばかりだったから。
それでも働いていた時の彼女がそれだけ懸命に仕事に取り組んでいたと知り、嬉しくて、そして少しだけ胸が痛んだ。
「実は辻中さんを私に紹介したのは、香澄さんだったんだよ」
「え……? その話は……聞いてませんでした」
(香澄はそんなこと一言も言ったことはない)