エリート脳外科医は離婚前提の契約妻を溺愛猛攻で囲い込む
それから辻中さんは、俺ではなく香澄と病院を恨んだ。それらがなければ俺の気持ちが自分に向いて、自分が香澄のポジションになれたのではないかと。
だから、自ら階段から落ち、事故を香澄のせいにして、さらに病院の信頼を落とそうとしたらしい。
それを聞いて、驚きと共に強い苛立ちを感じる。
気持ちを落ち着かせるために息を吐いてみたが、落ち着くことはなかった。
「事故の日、香澄さんを無理やり連れて階段室に向かい飛び降りようとしたけど、香澄さんがそんな彼女を助けた」
「それで、香澄が落ちた?」
言うと正司先生は頷く。
確かに香澄の言っていた通り、『落ちそうになった辻中さんを助けようとして落ちた』ではあるのだが……香澄の言っていたニュアンスと随分違う。
「本当に香澄さんを突き落とす意図はなかったそうだ。落ちた香澄さんに意識はなかったけど、『なんであんただけ何もかも持っているんだ、自分は何も食べられないくらい苦しいのに』とか、『こんな病院なくなればいい』とか、とにかくたまった鬱憤を香澄さんにぶつけたと本人は言っている。その暴言自体は、香澄さんは覚えていないらしいが」
ニ年前、香澄が怪我をした時に騒ぐ声が聞こえて、香澄が階段から落ちたことにスタッフが気付いた。
俺も近くにいて、頭から血を流す香澄を見て顔がすっと青ざめた。その場に辻中さんが見えて、もしかしたら辻中さんが香澄を突き落としたんじゃないかとも思った。
それで目が覚めた香澄を問い詰めた。でも、香澄は頑なにそれを否定したんだ。
それもあって香澄の事故は、事件にはならなかった。
実際突き落としたのではないのにしても、簡単には納得できない話だ。