エリート脳外科医は離婚前提の契約妻を溺愛猛攻で囲い込む
「あぁ。香澄は退職するって言ってただろ。それにこれからずっと結婚する気もないって……。だからさ、その戸籍を一年使わせてくれ」
急に何を言われているのかまったく整理できなかったけど……。
とにかく、昴さんは、私と一年結婚しようと言っているらしい。
「頭でも打ったんですか?」
「それは香澄だろ。戸籍が汚れるのは嫌か?」
「それは別に……」
その頃の私にだれかと結婚する気はなかった。
昴さん以外にそうしたいと思うような相手もいなかったし、相手がもし昴さんでも彼を自分の人生に巻き込みたくなかったから。
「これまでしていた仕事以上に報酬は支払うし、退職したら社宅もでなきゃいけないだろ? 俺はほとんど病院に寝泊まりしていてマンションにはほとんど戻らないから、退院後は俺のマンションの鍵のかかる部屋を使えばいい。人が使わないと痛むからちょうどいい」
報酬もあって、住むところまであるなんて……。しかもそれが昴さんのマンション。
私は思わず自分の口元を指さす。
「……えっとそれは、もしかして“これ”のせいですか?」
私は手術のあと、味覚が鈍くなってた。とくに甘味はほとんど感じない。
診察でその話をした時の、昴さんの今までにないほど目を見開いた顔が忘れられなかった。
自分が主治医だったことの負い目みたいなものを感じているのではないかと不安だった。
すると昴さんは眉を寄せ、指を順に出す。
「ひとつ、そもそも手術は完璧だった。ふたつ、患者一人だけに限った優しさは俺にはない」
「まぁ……確かにふたつともその通りですけど。でもそれなら余計に結婚なんて、意味がわかりません」
「完全に俺の都合。相手が香澄だから提案したんだ」
「…………」