エリート脳外科医は離婚前提の契約妻を溺愛猛攻で囲い込む
10章『3か月前』
この旅行の三か月前。
私は足のリハビリも終わり、あとは術後の定期検査だけになっていた。
何度か脳の検査をしているがこれまでも異常は見つからず、味覚がほとんどないのは原因不明のままだ。
検査の予約時間20分前に一之宮総合病院の廊下を歩いていると、「香澄ちゃん」と声を掛けられ、振り向くと久しぶりの顔がある。
「優太先生! どうされたんですか」
花畑優太先生――少し前までこの病院で勤務していた小児科医で、私が病棟保育士として勤務していたときもずいぶんよくしてくれていた先生だ。今は大阪の小児専門の病院にいる。
入院中も、よく励ましに病室に顔を出してくれていた。
「ナオくんが退院するって聞いたから、会いに来てたんだ」
「それでわざわざ。優しいですよね、優太先生は」
「優しいってわけじゃないよ。僕が子どもから離れられないだけ。かわいいしね」
そう言って目じりを下げて笑う表情を見ると、思わず先生の方がかわいくて笑ってしまう。七つ年上で、昴さんや兄と年齢が近いが、全然タイプも性格も違った。
笑顔からか、声の優しさからか、誰でも安心させてしまうような雰囲気を持つ先生だ。
「先生、ご自分のお子さんができたらめちゃくちゃかわいがりそうですよね」
「女の子だったら、お嫁に出すときは号泣だよね。元患者の子でもそうだもん。あ、想像しただけで泣けちゃう」
「先生、お子さんできたんですか?」
「まさか、結婚も彼女もまだ」
「じゃ、娘さんの結婚を想像して泣くのは気が早すぎです」
「ハハ、確かに」
お互いに顔を見合わせて笑う。
本当に話しやすい先生で、私は仕事でもとても助けられた。入院してなかったら、大阪に行く日は見送りにいきたかったくらい感謝している。