陰黒のプシュケ

陰沼ーカゲヌマー

岡山県北西部のR町郊外に位置する自然公園の中に、ポツンと佇む、陰沼という湖沼がある。

元来、R町周辺は地形的に地下風穴が張りめぐり、公園になっている丘陵地には大小無数の隆起が包み込むように覆っていた。

広大な芝生がつづくこの公園内は、キャンプ地としても利用され、陰沼にはボートをこいで憩いのひと時を過ごす地元の住人らも日常的に訪れていた。

だが一方で、この陰沼は昔から様々な言い伝えが根強く現代に語り継がれていたいわくの地でもあったのだ。
その伝承に共通している肝は、”神聖な地”、といった側面であった。

要は、人の手で侵すことなどはまかりならぬという風潮が強く伝承されてきた土地柄だったので、過去何度かゴルフ場や観光施設への開発構想が持ち上がるたび、地元周辺のいまだに強固な信心を宿す住民による反対によって、その都度計画は頓挫していた。

最終的に、この陰沼周囲は自然公園として人が入り込む範疇で収まっていたのだ。

さらに、人々がその信心の要としていたのが、陰沼のほとりに太古からの原形を醸していたと言われる、1尺四方の石積みされた古い井戸らしき垂直の深い堀り穴であった。

***

地元の住人が四辺様と呼ぶその垂直の堀り穴は、真上から見下ろすと、まさに漆黒の闇に睨み呑まれ、小石を落としてもその落下音は跳ね返ってこない。

穴底までの深さは計るべくもなく、おそらくは地下の風穴にそのままつながっているのだろうというのが、この地での定説であった。

陰沼の近隣に長く住む年寄りは、代々この地を噴出した大地の泉として神聖視し、地質研究者なども本心ビビッて、この四辺井戸を降りることはなかった。 
そんな異郷色から、インターネットが普及するのと比例して、様々な七不思議をなぞるような諸説が世間でまことしやかに発せられてゆく。

***

その延長として、本来の神秘性から霊的スポットという色合いにスライドし、旧来から自殺の名所として周知はされていたが、近年ネット上では、その沼底には数百の遺体が沈んでいるというまことしやかな定説が浸透するに至っていた。

さらに諸説は進化し、なんと陰沼の沼底には黄泉がえりの”通路につながる入り口”が存在すると…。

その根拠をなぞる仮説のなかでも突出ものなのが、陰沼の底は地中深くから吹き湧く濃亜硫酸ガスが数万年を経て堆積された淡水層の泥土内に寄生した微生物を特殊分解し、”生の名残り”がそこで生産されているというものだった。
すなわち、沼に身を投げる自殺者は、甦りの再生分子を提供されると…。

だが…、見方によっては夢の広がるファンタジックな側面を有した、この黄泉がえりの異郷地が、”彼ら”の目に留まることになる…。



< 15 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop