陰黒のプシュケ

それは的中した

「…マサトさん、さっきはすいませんでした。せっかく、定期試験終わって気晴らしにきたのに、台無しにしちゃって…」

「気にすることないよ。かえって、正直に言っちゃったほうがいいんだよ、ああいうことは。…それで、どーなの?かなりヤバそうな感じ、ココの霊は?」

陰沼から数百メートル離れた芝生の丘に腰を下ろし、初枝と波子が飲み物を買いに行っている間、敢えてマサトはストレートに月美に尋ねてみた。

「ええ…、まあ。ただ、複数っていうか、カタマリってイメージがするんです。それで、ゴーって感じで四辺様の穴底から湧きあがるように…」

月美は躊躇することなく、自らが感知したままをマサトに告げた。
それは…、内心、初枝らがここへ戻ってくる前に”この話”を済ませる…、そういう心情が働いだったのだろう。

一方のマサトも”そこ”を察していたせいか、早口で”さらにその先”へ話を進めるのだった。

***

「…あのさ、実はオレの通うキャンパスでも、ココのことにはかなりハマってる都市伝説オタクがいてさ…。ネットでオレも改めてぐググってみたんだけど、やっぱ、陰沼の地下風穴…、”あそこ”につながってるんじゃねーかな。しかも、現世から外れた空間ってことで…」

「はい…。私もそんな言い伝えは聞いていたので、こんな気流を感じ取ると、そう思えてもきます。しかも、それ…、邪悪な感じなんです。…とても」

ここで彼女の目線はマサトの顔から地面へと下った。
まるでうなだれるように…。

で…、マサトには月美の抱える不安の深刻さがビビッと伝わった。
そんな彼女をに不憫さを抱きながらも、マサトは持ち前のポーカーフェイスは崩さずに切り口を変えてこう問いかけた。

「月美ちゃんさ…、前から霊感強かったの?で…、自分でもその自覚なんかはあったとかかな?」

「えーと、少しそういうの、感じる方なのかなって程度は小さい頃からでしたけど…。ここまで具体的にってとこまでは、今日がはじめてです。でも…、心のどこかでは、いつかまじまじと感じる時は来るかなって、漠然とした気持ちはありました。だから、ココのって…、それだけ強い霊気なのかもしれません」

「しかも、それ、いわゆる悪霊ってわけね…」

「はっきりと悪霊とは言い切れませんが、現世の人間にとっては厄介なものって括りになるとは思えるんです」

「今も見えるの?オーブみたいな気流が…」

マサトは月美に十分気遣いながらもテンポよく聞き取ったところで肝を突くと…、彼女は間髪入れずストレートに返答した。

「見えます…。とにかく沸々と湧き出てるので、霊的な念エネルギー自体は、沼の中か四辺様の穴につながる地下脈から飛んでると思うんです。で…、あの気流はその残り香みたいなものに過ぎないって気がします」

「…」

***

”この話”はここで終わった。
もっとも、マサトは月美の”診断”にかなりの関心を寄せた様子で、別れ際、ほかの二人に聞こえないように、車を降りて、小声で彼女へと一言つぶやいていた。

「陰沼と四辺様で何か起こったら、また診断、聞かせてね」

「ええ、わかりました…」

そして…、”それ”は、意外に早く訪れることになる…。

***

「…もしもし、つっきー?ああ、日曜なのにいきなしでゴメン。あのさ…、ひょっとして今、テレビのニュース、見てるとか…?」

スマホの向こう側から声を発する着信の主は初枝であったのだが…。
それは明らかにいつもの軽いノリ抜きの特別な親友の声だと即座に判断できた。

そう…、なにしろ目の前のテレビ画面では耳を疑うような悍ましい報道に驚愕の最中だったのだから、そのなぜかは言うがなもがであったのだ。

「うん…」

「なら、今アニキに代わっていい?聞きたいことあるみたいなんで…」

月美の耳にはすぐに初枝の兄であるマサトの声が届いた。

「月美ちゃん…、これってさあ…」

その声も普段のマサトのそれではなかった。

それもそのはずである。
この日の夜、テレビのニュースが報じていたのは、陰沼湖畔の四方井戸で世にも凄惨な3体の遺体が発見された衝撃的な事件報道だったのだから…。





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