愛されてはいけないのに、冷徹社長の溺愛で秘密のベビーごと娶られました
「あなたにはあえて黙っていたんです」

 そのとき落ち着いた紘人の声が聞こえる。おそらく崎本さんに対してだろう。

「社長の耳に入らないようにするためですか?」

 崎本さんからの問いかけに紘人はなにも答えない。ややあって崎本さんは大きくため息をついた。

「ひとつ忠告しますが、彼女はやめておいたほうがいい。美人だが未婚で一歳にならない子どもがいる。普通に結婚相手として考えるにもためらう相手ですよ。他の面々におもねるなら別の方法を考えるのが賢明だ」

 冷水を浴びせられた気分だ。侮辱された怒りよりも紘人の前で真紘の存在をほのめかされたことに心が揺れる。彼からの刺さるような視線を、うつむいてやり過ごした。

 崎本さんはさっさとその場を去り、紘人とふたり取り残される。心臓がバクバクと音を立て今すぐここから逃げ出したいのに、足が床に縫いつけられたように動かない。

「愛理」

 ゆっくりと近づきながら名前を呼ばれ肩を震わせる。すぐそばで足音は止まり彼の気配を感じた。

「あの男と結婚するつもりだったのか?」

「……あなたには関係ない」

 ぶっきらぼうに突っぱねて、我に返る。こんな態度をとってどうするのか。私は彼に、ずっと言わなければならないことがあった。真紘の件よりも先に。

「ごめんなさい」

 謝罪を口にして苦味が喉の奥からじわじわと広がり、胸が千切れそうに痛い。けれど、彼はもっと痛かったはずだ。

 ゆっくりと紘人の方を向き、さらに深々と頭を下げる。

「父があなたにしたこと……本当にごめんなさい」

 声が震えて、目頭が熱くなりそうなのを必死に堪える。

『絶対に許せない相手がいるんだ』

 彼の許せない相手が、ずっと憎んでいるのが自分の父親だなんて思いもしなかった。
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