愛されてはいけないのに、冷徹社長の溺愛で秘密のベビーごと娶られました
「そうやって過去の恋愛を乗り越えてきたんだ」

「ち、違います。うち、両親が離婚していて……その経験からです」

 わざとからかい交じりに話を振ると、即座に返された。その理由が予想外のもので一瞬、反応に戸惑う。
「なんで? どうして?ってなかなか受け入れられませんでした。母や父、自分も責めました。でもどうにもならないんだって悟って……」

 おずおずと語りだす愛理に自分の考えを改める。彼女はただ綺麗事だけで後輩に声をかけていたわけじゃない。つらい経験を乗り越えてきた実体験から語っていたんだ。

「五十嵐さんは?」

 不意に問いかけら目を見張る。真っすぐにこちらを見つめてくる愛理を直視できず、ふっと視線を逸らした。

「俺もいるよ。今でも絶対に許せない相手がいるんだ」

 そうだ。絶対に自分にされた仕打ちは忘れない。

「そう、なんですか。……いつか相手の人を許すか、折り合いがつけられたらいいですね」

 さっきまでなら、鼻で笑って内心で拒絶しただろう。でもこのときは愛理の言葉がなんとなく胸に残った。今まで誰になにを言われても響かなかったのに。対する彼女は、さっさと席を立って去っていく。

 きっと彼女とは分かり合えない。けれどこの名残惜しさはなんなのか。

 もう少しだけ愛理と話してみたい。彼女のなにかに共感したのか、同情したのかははっきりしないが、俺は帰る際に思い切って愛理に声をかけた。たしか最寄り駅が近かったはうだ。

「俺も帰るからついでに送っていくよ。方向同じだったよね」

「あ、いいえ。お気遣いなく。家は駅から近いので送ってもらうほどではないです」

 しかし彼女からの返事はノーではっきりと拒絶される。それが妙にショックで回りくどいやり方はやめることにした。
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