愛されてはいけないのに、冷徹社長の溺愛で秘密のベビーごと娶られました
 父がいない穴を埋めるため、忙しい崎本さんとはもう一ヵ月以上会っていない。真紘がいるからという理由が大きいとは思うが、ここまで相手を求めないのもおかしいのか。仮にも結婚する予定なのに。

『一緒にいて……ほしい』

 一分でも一秒でも離れるのが惜しかったあの情熱は今の私にはもうない。正確には彼以外にはもう抱けないんだ。

 感傷に浸りそうになって軽く頭を振る。忘れないと。紘人と過ごした時間は夢だったんだ。

 もしもこの先彼に会ったとしても、きっとあんな優しい表情を向けられることはない。紘人にとって私は憎むべき相手だから。

 久々に訪れた会社は、前に来たときとあまり変わらない。休日のため普段は閉まっている正面玄関の自動扉は、今日は手動になっている。重々しく扉が開けて中に足を踏み入れるが、休日のため受付や社員の姿はない。

 とりあえず崎本さんに電話しようとスマホを取り出す。彼は先に来ているはずだ。

 しばらくコール音が続き、そろそろ留守番電話に切り替わりそうだと予想したときだった。背後に人の気配を感じ、エレベーターの方に振り向く。

 もしかしたら崎本さんだろうか。

 ところが私の予想はあっさり裏切られ、それどころか視界に捉えた人物に目を疑う。思わず持っていたスマートホンが手から滑り落ち、磨かれたオフィスの床を滑った。

「愛理」

 懐かしい声は思い出を一気に蘇らせる。そんなはずない。これは夢か幻か。息さえ止めて立ちすくむ。

「紘、人」

 彼の名前をこうして口にしたのはいつぶりなのか。記憶の中の彼より精悍さが際立つ。見るからに高級そうなスリーピーススーツを着こなし、髪も真っ黒になりワックスできっちり整えている。それでも一目見て紘人だとわかった。

 硬直している私に彼は怖い顔で歩み寄ってくる。逃げ出したいのに足がすくんで動けず、反射的に目をつむった。
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