彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 籠が止まった。

 ゆっくりと下ろされていき、外の世界を断絶していた覆いが上げられる。

「ヨナお嬢様、宮殿でございます」

 チヌに支えられ、重い腰を上げる。
チヌはこの王宮に、私の世話係として付いて来てくれるらしい。

 しかし、いくら立派な籠でも、その中でじっとているのはやはり窮屈だ。こんな乗り物で毎度移動していたら、間違いなくエコノミー症候群になってしまうだろう。

 思いっきり身体を伸ばしたくなる衝動に駆られ、重い首を軽く動かした。

 その時、

 アイドル並みの歓声が湧き起こった。

(えっ……?)

 そこには、驚く光景が……。

 兵士や護衛だけでも凄い人数なのに、国じゅうの人が居るのではないかと思うほど、沿道が人で溢れ返っている。

「お美しい〜!」「素晴らしい妃!」

 何やら、平民達に絶賛されている。

 気分がいい、とてつもなく気分がいい! 注目されるのって、こんなに気持ちがいいことなの! 芸能人達は、いつもこんな恍惚感を味わってるの!

 思わず、思いっきり手を振っていた。

「ヨナお嬢様、もっとお淑やかに!」

 チヌのお叱りを受け、静かな微笑みに切り変え、しみじみとその人だかりを見渡してみる……。

 老若男女、大勢の平民達が、自分のことのように喜んでいる。着飾っている人、粗末な身なりの人、貧富の差は激しそうだ。まぁ、私ほど美しい人は居ないようだけど……。

 そんなことを考えながら人間観察していると、
 
(えっ……。 あっ!)

 参列者の中に、忘れられない顔を見つけた。
 あの時、駅のホームから電車に飛び込んだ女子高生だ! あの、幸薄そうな顔……。絶対に間違いない!

「ちょ、ちょっと、あんた! ホームから飛び降りた子でしょ‼︎」

 思わず叫んでいた。

 歓声が少しずつ消えていき……、どよめきが起こり始める……。
 兵士や護衛の私を見る目が、不審な者を見るような目付きに変わった。

「ヨナお嬢様! ホン家の名に傷が付きます。昨日から、なんだかご様子が変ですよ」

 チヌが、チラチラとまわりを気にしながら慌てている。

「チヌ! 私は、どうしてもあの子と話しがしたいの」

 紫色の装束を着ている女子高生を指差して訴えた。同じ衣装を着た仲間達も居る。

「巫女ですか?」

(あっ、あれ、巫女の集団なんだ)

「あの、後ろから二番めの子!」

「承知しました。では、婚礼が終わり次第、あの者をヨナお嬢様のお部屋にお連れします。ですから、今は、礼節のあるお振る舞いをなさって下さい」

 チヌが、哀願するように耳元で囁いた。

(そうだった。私は、ヨナを演じなければならなかったんだ)

 思わず出てしまった本当の自分を隠し、品格ある妃の顔を装う。

 再び、歓声が湧き起こった。

 幸い、ここに居る人達に私の言葉は理解できなかったようだ。
 けれども、あの子は私の声に反応した。目をパチクリさせながら、こちらを見ていた。

(絶対に、飛び込み自殺をしたあの女子高生だ! あの子が死んだから、私もここに居るんだ。ってことは、やっぱりここは死後の世界?)

 すぐ後ろに居るイケメン天使を、責めるように見た。驚いたことに、イケメン天使は巫女姿の女子高生を愛おしそうにじっと見つめていた。
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