彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
「あっ、入って」

 柔らかな水色の衣装に着替えながら、第三夫人が奥へと誘導する。

 南殿の中は予想以上だ。部屋数だけでも幾つあるのだろうか? 
 高級家具や壁に施されている金箔が、目に眩しい。

 そのまま進んでいくと、木彫りの小さな机の前に座るよう指示された。改めて、第三夫人と向かい合う。
 
(本当に、綺麗な人……)

 目を合わせることができないほど、透明感のある美しい女性だ。兄であるあの人に、よく似ている。
 
 何かを考えているのだろうか?
 難しい表情で、私をじっと見つめている。
 
 張り詰めた沈黙が、だんだん息苦しくなっていく……。

 勇気を出して、さっきの件について聞いてみようと思った。

「あの……。門の前で、“ホームから飛び降りた子だ”と言いましたよね?」

「えっ!」

 直球過ぎたのか、第三夫人が目を丸くして驚いている。
 覚悟を決めて、更に続けてみる。

「なぜ、第三夫人がそれを知っているのですか?」

「それは……」

 何かを言い掛けたのに、第三夫人はまた黙り込んでしまった。
 私が自殺したことを知っているのだとしたら、さすがに言いにくいのかもしれない。

 自ら、話すしかないと思った。

「実は、私はこの世界の人間ではありません。第三夫人が言う通り、ホームから電車に飛び込んだらここに来てたんです」

 全てを打ち明けると、第三夫人の視線が友好的なものへと変わっていくのが分かった。
 まるで別人のようになり、第三夫人が一気に話し始める。

「あのね。私、その時、あんたの隣りに居たの。あんたが電車に飛び込むのを目撃してたの」

「えっ……」

(目撃してたって、第三夫人もあのホームに居たっていうこと?)

「でも、なんで、この世界に居るんですか? 私は死んだから、天国かどこかに来たのかと思ってました」

「それを聞きたいのはこっち! だいたい、自殺した人が天国に行ける訳ないでしょ! 死んだ時の苦しい想いを抱えたまま、この世より苦しい地獄を彷徨うって決まってんだから! あっ、自ら命を絶った重罪もプラスされるし、もう苦しみのエンドレスだよ」

「苦しみの、エンドレス?」

(結局、死んでもあの苦痛からは逃れられないの? だけど、あの世についてこんなにキッパリと言いきるなんて、第三夫人は宗教か何かに関わっている人なのだろうか?)

「って、誰かが言ってた」

「はぁ〜」

 無責任な発言に、思わず拍子抜けしてしまう。

「それに、人身事故ってほんと迷惑なんだよね。電車止まっちゃうんだから! みんな一気にタクシー乗り場に行って何万人もの人が動けなくなるんだよ……」

 第三夫人の言葉にハッとした。
 他人に迷惑を掛けるなんて、考える余裕はなかった。本当に、自分のことしか考えていなかった。

(飛び込み自殺だなんて、私はどうしてそんな愚かな選択をしてしまったのだろう……)

 一瞬、両親や妹の顔が浮かんだ。家族に自殺者が居るなんて、とんでもなく重い十字架を背負わせてしまったんだ。
 きつい言い方だけれど、第三夫人が言っていることは最もだと思った。

「確かに……、そうでした」

 どうして私は、そんな大切なことに気付けなかったのだろう……。
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