彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 チヌという使用人に案内され、裏門から外に出た。
 宮殿をあとにして、朝歩いてきた川原沿いの道に出る。太陽は西に傾き、まわりの雲を金色に縁取り始めていた。

 美咲さん……。
 初めて会ったのに、こんなに親近感が湧くなんて不思議な人だ。
 だけど、美咲さんに触れてもいないのに、どうして私と同じこの世界に……。とにかく、全て私のせいだ。

(なんとかして、美咲さんを元の世界に帰さなきゃ!)

 あれこれ考えながら、砂利道を一人で歩く……。

「スヨン!」

 背後から、この世界での私の名を呼ぶ男の人の声がする。

「あっ……」

 振り返ると、あの人が立っていた。私を助けてくれた人。美咲さんと私を、この世界に連れてきた人。

「南殿に、参っておったのか?」

 躊躇することなく、ごく自然に話し掛けてくる。
 
(南殿って……、なぜ分かったのだろう?)

「あっ、はい。第三夫人と二人で話しをしてました」

 そっか。妹である美咲さんを心配しているんだ。

「美咲さん……、あっ、ヨナお嬢様は、お元気に過ごされていました」

「誠か」

 その人の顔が、パッと明るくなった。まっすぐな笑顔に、思わずドキッとしてしまう。

「帰りの道中、お供しても良いか?」
 
(えっ……、嘘……、私を送ってくれると言うの? そんなことは、申し訳ない。あっ、でも、もしかしたら帰り道が同じ方向なのかもしれないし……)

 その人が、返事を待っている。

「……はい」

 悩みながらも、そう応えていた。

 男の人と一緒に歩くのは初めてだ。どういう反応をしたら良いのか、何が正解なのかよく分からない。
 戸惑いながら、夕陽に背中を押されるように、二人並んで歩きだした……。

 聞きたいことがたくさんあるのに、いざ隣りに居ると思うと、何から話したら良いのか混乱してしまう。緊張なのか、ときめきなのか、とにかく胸がいっぱいで何も考えられない。

「其方は、舞を踊らぬのか?」

 その人が、足を進めながら私の顔を覗き込んだ。ちょっと、いくらなんでも近過ぎる。

「まっ、舞ですか? 私は何もできません」

 俯いたまま首を横に振ると、

「其方の舞は、鳥が舞うように美しかった」

 その人が、赤く染まり始めている空を見上げながらそう言った。
 
(えっ、鳥? というか、私、踊れるの?)

 鼻筋の通った綺麗な顔が、夕陽に照らされている。

「私を、覚えておらぬのか?」

 その人が、空から私に視線を移した。

「えっ……」

 遠くを見るような瞳で、私を見つめている。
 
(昨日のこと? それとも、もっと他に接点があるの?)

 まともに応えられないことが、何か申し訳ないことのように思えた。

「えっと、あの、すみません……」

 本当のスヨンは、いったいどこに居るのだろう?
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