彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
闘いの始まり

美咲side

 チヌや王宮の使用人達に連れられ、まるで歌舞伎の花道のような渡り廊下をゆったりと歩いていく。

「王族の方々がお揃いですので、くれぐれも粗相のないよう願います」

 隣りを歩いていたチヌが、小声で哀願している。

「あー、面倒くさ〜い」

「ヨナお嬢様!」

 本日二度目、チヌのお叱りを受ける。

 あちらこちらに配置されている兵士の数が徐々に増えていき……、厳重に警備された本殿の入り口に辿り着いた。重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
 
(うわっ、ここは夢の世界?)

 まずは、人より先に、テーブルの上のごちそうが目に飛び込んできた。
 見るからに高級そうな食器の上に、野菜中心の豪華な料理が何品も並べられている。ふわっと茹で上がった鶏肉からは、なんとも言えない良い香りと湯気が上がっている。

「美味しそ〜」

 あの肉だけは絶対に食べたい! と決意するのと同時に、私を絶賛している声が聞こえてきた。
 煌びやかな濃いピンク色の衣装は、意外にも似合っていると自分でも思っていた。

 うっとりと見つめるみんなの視線が心地よい……。
 暫し酔いしれながら進んでいくと、チヌや使用人は立ち止まり控える姿勢をとった。
 
(げっ!)

 前方のメインテーブルには国王が! 
 その左隣りの椅子を引いて、護衛が私を待ち構えている。国王の右隣りには、煌びやかな赤と紫の衣装を着たド派手なおばさんが座っていた。

(なんか、嫌な感じ……)

そう思ってから、気付いた。
 このド派手おばさんは、私が新人の頃さんざんいびられた前の主任にそっくりだ。クソ部長にそっくりな国王と、性悪元主任にそっくりなおばさん。もう、最強最悪のコンビだ。

 この二人と同じテーブルに着くことはとても不愉快だと思いながら、用意されたその椅子にしぶしぶと腰を下ろした。
 
(はぁ〜、それにしてもお腹が空いた……)

 乾杯もとっくに済んだというのに、このテーブルの人達は誰一人として料理に箸を付けようとしない。
 空腹で、手が震えてきた。
 ダメだ。もう、耐えられない。

「あの、食べてもいいですか?」

 側に立っている護衛に聞いてみた。

「あっ、はぁ」

 一瞬、驚いていたが、気のない応えが返ってくる。
 私はそっと箸を手に取り、勢いよく食べ始めた。

(素材が生かされている、味付けも完璧だ! 旨みが、空腹に沁みるーっ! これが、王宮料理? 最高じゃない!)

 夢中になって食べ続けながら、あの肉を探した。
 
(あった!)

 ふんわりと茹でられた鶏肉が、国王の目の前にある。
 
 手を伸ばしても良いのだろうか?

 国王は、次々と盃に酒を注がれ、料理に手を付ける余裕もない。
 どうしても、肉にかぶりつきたいという衝動に駆られる……。
 
(いいや、もう、なんと思われてもいい。とにかく、あの肉が食べたい!)

「あっ、ちょっと、失礼します」

 そう断わりながら、私は念願の肉に箸を伸ばしていた。
 国王も、酒を注いでいた王族の男も、完全に時が止まっている……。ついでに、右隣りのおばさんは、『あっ! 』 と声をあげた。
 
 やっぱり、まずかったのか……。
 そうは思ったが、箸は肉に到達している。私はもう何も考えずに、速やかに大きめな肉を取り、そのまま口に運んだ。

(うわぁ〜っ、ほっぺたが落ちそう、こんなに美味しい肉を食べたのは初めて! 幸せが、最上級の幸せが、口の中いっぱいに広がっていく……)

 幸福感が顔にも出てしまったのか、国王が嬉しそうに肉の皿を私の目の前に移動させた。
 
(えっ……、意外にいい人かも? )

 そんなやりとりを覗き込んでいた右隣りのおばさんは、怪訝な表情を浮かべていた。
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