彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 次の日、起きた時には、太陽が真上にあった。

 廊下を静かに歩く足音や、戸が少しだけ開き覗かれていることに気付いてはいたが、尋常ではない睡魔から逃れられず……。昨日、チヌと交わした約束を思い出し、慌てて飛び起きた。

「チヌ、例のものは?」

 身支度を整えながら、怪しげに聞いてみる。

「用意してございます」

 チヌが、意味深に応える。
 使用人達には話が着いているようで、昼食を済ませると、私達二人を静かに送り出しくれた。

「あ〜、気持ちいいーっ」

 解放感と宮中を吹く風が、とてつもなく心地よい。

「さぁ、どこから参りましょうか?」

 庭園に出ると、チヌが半紙のような紙を広げ難しそうな表情を浮かべていた。その紙には、この宮殿の平面図が書かれているようだ。本殿、南殿の他に、東殿、西殿、離れなどがある。

 気になるのは、やはり、王妃つまりは第一夫人と第二夫人の住居だ。昨日、帰っていった方向を考えると、第二夫人の住居は西殿のような気がする。

「まず、西殿に行ってみようよ」

「かしこまりました。西殿は、ヘビン様の御寝所だと聞いております」
 
(やっぱり!)

 半紙を片手に、チヌが忍び足で進んでいく。緊張と興奮で、なんだか胸がワクワクしてきた……。

 西殿が見えてきた。私の住居・南殿と似た造りだが、かなり古びている。
 
(勝った!)

 なぜか、勝負に挑んでいる自分がいた。

「ずいぶん、古い感じだけど」

 建物を見上げながら、チヌにも同意を求めてみる。

「元々は、王妃の御寝所だったようです。南殿と離れは、国王直々の依頼で、新しく増築されたとか……」

 仕入れた情報を、事細かに説明してくれるチヌ。
 やっぱり、南殿は新築だったのか。なんだか、気分が上がる。

 西殿の敷地に足を踏み入れると、殺気立った空気が伝わってきた。
 衣装を持った使用人達が、あたふたと廊下を走りまわっている。

「この衣装は合わぬと申したはず!」

 声を荒げているのは、おそらくは第二夫人、あのド派手おばさんに違いない。

「何か御用でございますか?」

 傍に居た護衛が、声を掛けてきた。

「散策中です」

 チヌが、しらっと応える。
 そのやり取りが聞こえたのか、ヒステリックな声を響かせていた部屋の戸が勢いよく開いた。
 
(まさか!)

 その予感は、的中した。

「おや、むさ苦しいところに、何用でございましょう?」

 ド派手なおばさん、つまりは第二夫人の登場だ。嫌みたっぷりの笑顔で迎えている。

「あっ、ちょっと、西殿を……」

 第二夫人の住居が見たかっただけ! とそのまま伝えようとする……。すかさず、チヌが私の前に出た。

「大変良い陽気なので、宮殿内を散策しておりました」

 今日もド派手な第二夫人が、呆れたように空を見上げてから、鋭い目付きで私を睨みつけた。

「ホン家は、他人の屋敷に勝手に入っても良いという教育をしておるのか。護衛を増やさねばならぬな」
 
(うわっ、やっぱり、嫌な女……)

 言い返そうと前に出たが、再びチヌによって抑えられる。

「申し訳ございません。まだ不慣れなもので、ヘビン様の御寝所とは知らずに……」

 そう言って、チヌが深々と頭を下げている。

「もう良い!」

 鬱陶しそうに手を払い、第二夫人はピシャリと戸を閉めた。

「なんなの、あの態度! 更年期?」

 やはり、性格の悪さも元主任とよく似ている。

「別の場所に移動しましょう」

 慌てて歩き始めるチヌに、ふてくされながら付いていく……。
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