彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
生地屋で用事を済ませると、コウは更に市場の奥の方へと進んでいった。
人気のない店の前で足を止める。
「スヨン、この店に覚えはない?」
コウが意味ありげに振り返りながら、静まり返った店の中へと入っていく。
「え?」
私もそのあとに続いて入っていき、辺りをゆっくりと見渡してみた。
本屋だろうか?
十畳ほどあるスペースに幾つかの棚があり、たくさんの本が並べられている。本とはいっても、質の悪い藁半紙が綴じられた粗末なものだ。
「スヨンは、いつもここで一刻の時を過ごしてたの……。誰かと待ち合わせてるようだった」
「誰かと、待ち合わせ?」
「えぇ。いつも、この市場に来る日時は決まってるから」
そうは言われても、記憶を失っているのでなく、私は別世界の人間だ。思い出そうとして、思い出せるものではない。
けれども……、私はこの空間をとても好きだと思った。
「私は向こうの店を見て来るけど、スヨンはどうする?」
不思議な感覚だ。私は、コウが弟や妹の服にする安い生地を買いに行くのだと分かっている。きっと、一人でゆっくり見たいのだろうと。
「私はこの店にいるから、ゆっくり買い物してきてね」
心細いけれど、気を効かせたつもりだ。
「そう? では、後ほど」
「いってらっしゃい」
単語や言葉の使い方が間違っているのか、コウは首を傾げながら店を出ていった。
それにしても、本当に静かな空間だ。
老いた店主は、店の奥にある机で帳簿のようなものに釘付けになっている。私以外の客三人は、みんな本に夢中だ。
一歩、一歩、並んでいる本を眺めながらゆっくりと進んでいく……。
ふと、私の脳裏に不思議な映像が浮かびあがってきた。
ーーこの書棚の前に、まさにこの場所に、今と同じ紺色の装束を着たもう一人の私が居る。
よほど気になる本があるのか? 瞬きもせず、夢中になって探し続けている。
「あっ、あったわ!」
ようやく見つけた本に手を掛けたその時、上の方から別の手が伸びてきた。
ジュンユン様だ。ジュンユン様の手が、私が取ろうとしている本の片隅を掴んでいる。
この時の私は、ジュンユン様をまだ知らない。初めて会った時のようだ。
鮮やかな青い色の衣装を着たジュンユン様と私が無言のまま睨み合い、一冊の本を奪い合っている。
「あの、離して下さい!」
ムキになり、その手に力を込める私。
「この書物は、絶対に譲れぬ!!」
ジュンユン様も、なかなか諦めようとしない。
ひそひそと話す私達の声が響き渡り、別の客が迷惑そうな顔でこちらを睨んでいる。
かなり、まずい状況だ。
「とりあえず、外に出よう」
ジュンユン様が、まわりを気にしながら私に言った。
仕方なくその本から手を離すと、ジュンユン様は持ち出すことを店主に断ってから店を出た。
私も黙ったまま、後に付いて外に出る。
人気のない店の前で足を止める。
「スヨン、この店に覚えはない?」
コウが意味ありげに振り返りながら、静まり返った店の中へと入っていく。
「え?」
私もそのあとに続いて入っていき、辺りをゆっくりと見渡してみた。
本屋だろうか?
十畳ほどあるスペースに幾つかの棚があり、たくさんの本が並べられている。本とはいっても、質の悪い藁半紙が綴じられた粗末なものだ。
「スヨンは、いつもここで一刻の時を過ごしてたの……。誰かと待ち合わせてるようだった」
「誰かと、待ち合わせ?」
「えぇ。いつも、この市場に来る日時は決まってるから」
そうは言われても、記憶を失っているのでなく、私は別世界の人間だ。思い出そうとして、思い出せるものではない。
けれども……、私はこの空間をとても好きだと思った。
「私は向こうの店を見て来るけど、スヨンはどうする?」
不思議な感覚だ。私は、コウが弟や妹の服にする安い生地を買いに行くのだと分かっている。きっと、一人でゆっくり見たいのだろうと。
「私はこの店にいるから、ゆっくり買い物してきてね」
心細いけれど、気を効かせたつもりだ。
「そう? では、後ほど」
「いってらっしゃい」
単語や言葉の使い方が間違っているのか、コウは首を傾げながら店を出ていった。
それにしても、本当に静かな空間だ。
老いた店主は、店の奥にある机で帳簿のようなものに釘付けになっている。私以外の客三人は、みんな本に夢中だ。
一歩、一歩、並んでいる本を眺めながらゆっくりと進んでいく……。
ふと、私の脳裏に不思議な映像が浮かびあがってきた。
ーーこの書棚の前に、まさにこの場所に、今と同じ紺色の装束を着たもう一人の私が居る。
よほど気になる本があるのか? 瞬きもせず、夢中になって探し続けている。
「あっ、あったわ!」
ようやく見つけた本に手を掛けたその時、上の方から別の手が伸びてきた。
ジュンユン様だ。ジュンユン様の手が、私が取ろうとしている本の片隅を掴んでいる。
この時の私は、ジュンユン様をまだ知らない。初めて会った時のようだ。
鮮やかな青い色の衣装を着たジュンユン様と私が無言のまま睨み合い、一冊の本を奪い合っている。
「あの、離して下さい!」
ムキになり、その手に力を込める私。
「この書物は、絶対に譲れぬ!!」
ジュンユン様も、なかなか諦めようとしない。
ひそひそと話す私達の声が響き渡り、別の客が迷惑そうな顔でこちらを睨んでいる。
かなり、まずい状況だ。
「とりあえず、外に出よう」
ジュンユン様が、まわりを気にしながら私に言った。
仕方なくその本から手を離すと、ジュンユン様は持ち出すことを店主に断ってから店を出た。
私も黙ったまま、後に付いて外に出る。