彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 映像はそのまま、店先に変わる。

「この書物は、私が探していたものだ! 」

 更にヒートアップして、自分のものだと主張するジュンユン様。

「わたくしが、さきに見つけたのです!」

 私も、断固として譲らない。
 揉める二人に、通行人も不振な視線を送っている。

「頼む、譲ってくれ! この先、国王がどのように活躍するのか気になって仕方ないのだ」

 勢い付いていたジュンユン様の声が、いきなり、泣き付くようなか細い声に変わった。
 その異変に気付いた私は、少し肩の力を抜いてジュンユン様と本を交互に見つめている。

 この小説は、確か、身分を隠した国王が商人に成りすまし、悪人に支配されていた国の現状を知り、政治を変えていくという内容だ。

「では、其方は、この先どうなると考えるいるのか申してみよ」

 ジュンユン様が、興味津々に聞いてくる。

「それは……、国王が正体を明かし、逆賊達に王命を下すのだとは思いますが……。ただ、それがどのように明かされるのか、悪人はどのように裁かれるのか、夜も眠れぬほど気になっているのです!」

「私も同じだ! 眠れぬほど気になっておる!!」

 同じように眠れぬ夜を過ごしていたのかと、私は少し可笑しくなった。
 ジュンユン様も、体裁悪そうに笑っている。

「では、共に読むとしよう」

「は、はい」

 ジュンユン様の言葉に、私は笑顔で頷いた。寺院へと続く石垣の階段に腰を下ろし、私達は並んで一冊の本を読んでいる。

「おーっ!! やはり、そうか!」
「えっ! でも……。そんな感じ?」

 意外な展開に仰天したり、感心したり……。ページを捲る速度も、じっくり読みたい箇所もほぼ同じで、無理なく進めることが出来る。

「一人で、先を読んではならぬぞ」

「はい。決してそのようなことは致しません」

 私達は、続きを一緒に読む約束をしてその日は別れた。

 それから、また別の日も、同じ時刻に市場の本屋で待ち合わせ……、一緒に本を選び……、一冊の本を寄り添って読んでいる。

 こうして、私達は、何度も会っていたようだ。

 突然の雨に打たれ、走りだす二人の映像も見えてくる。

 ジュンユン様が袖を傘のようにして私を庇い、民家の軒下に駆け込んでいる。

「ジュンユン様が濡れてしまいます」

「私は、書物が濡れないよう庇っておるのだ」

 そう言って、ジュンユン様がいたずらっぽい笑顔を向ける。

 ジュンユン様が笑うと、私は……、とても楽しくなる……。
 ジュンユン様に見つめられると、私は……、とても切なくなる……。
 幸せだった感覚が、次から次へと蘇ってくる……。ーー

(ジュンユン様……。
 私は、忘れてはいけない人を忘れていたの?)

 胸の奥に衝撃が走り、涙が溢れ出た。

 ここは……、巫女として生きているスヨンは……、本当に私の前世なんだ。死ぬ間際に、前世の記憶の世界に来てるんだ。
 
(あっ、でも、どうして? どうして、生きている美咲さんが……、私と同じ前世の世界に居るの?)

「スヨン……」

 その声で我に返ると、生地を抱えたコウが隣りに立っていた。
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