彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
「ハァ、ハァ……」

 川原まで出ると、コウも私も息を切らしながらその場に倒れ込んだ。

 もう、喉がカラッカラだ。

 コウがヨタヨタと川に近付いていき、手で掬った水を喉を鳴らしながら飲み始めた。私も同じように歩いていき、装束が濡れるのも構わず、川の水をゴクゴクと飲み続ける。

 こんなに水が美味しいと思ったのは、初めてだ。渇ききった身体の細胞に水分が染み渡り、呼吸が少しずつ楽になっていく……。

 コウが息を整えながら、大きな石の上に腰を下ろした。私もコウに寄り添うように隣りの石に座り、ずっと声にならなかった質問をようやく発し始めた。

「ねぇ、コウ……。さっきの赤い札は、なんだったの?」

 コウがまわりを警戒しながら、私の耳元に近付いてくる。

「あれは、呪術に使う札よ」

「じゅじゅつ?」

「そう! 呪いの札!」

「呪いって、そんな!」

「王妃の名前が書いてあったわ」

「お、王妃って」

「国王の第一夫人よ!」

(第一夫人? 美咲さんは確か……、第三夫人。別の妃ってこと?)

「王妃は不治の病で先も短いって聞いていたけど、まさか!」

「えっ、あの札のせいなの?」

 背筋がゾッとした。思わずコウの腕ににしがみ付いていた。

「第三夫人との婚礼を急がれたのも、自分の命がもう長くないと悟った王妃の希望だったとか」
 
(どういうこと? 国王と美咲さんの結婚は、王妃が望んだことなの?)

「婚儀のあと、王家専属の巫女達から聞いた話なんだけど……。第三夫人は王妃の母方の親戚で、容姿も人柄もそっくりらしいわ。だから、国王も受け入れたんじゃないかしら?」
 
 王妃にそっくりな美咲さん……。
 もう、嫌な予感しかしない。

「そういえばあの時、スヨンは第三夫人の部屋に呼ばれてたわよね」

「あっ、うん……」

 コウに全てを打ち明ければ、きっと力になってくれる。だけど、第三夫人も未来から来た人間だと言っても……、おそらく信じてはもらえないだろう。

 でも、信じてもらえないとしても……、それでも、やっぱり伝えなきゃ! 分かってもらえないとすぐに諦めるのが、私の悪い癖だ。

「ねぇ、コウ! 信じてもらえないかもしれないけれど、私はスヨンであってスヨンじゃないの」

「どういうこと?」

「私は西暦2023年を生きていた人間で……、あっ、でも、自ら死を選んでしまって……、その瞬間、どういう訳かこの世界に来ていたの。だけど、スヨンとして生きている記憶もあって……、自分でも何がどうなっているのかよく分からないんだけど」

「西暦2023年? そんなことある訳ないじゃない! あっ、でも……、そういうことなら、スヨンの様子がおかしいことも納得できるわよね」

「それで、もう一つ大切なことがあって……。実は、第三夫人も2023年から来た人間なの。おそらくは、私が巻き込んでしまったらしくて」

「待って! もう、話に付いていけない。信じられないけれど、でも、スヨンは人を騙すような人じゃなし……」

 コウが、激しく混乱している。

 透き通った川が白い水しぶきをあげながら、変わりなくゴウゴウと流れていた。
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