彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 宴もそろそろ終盤に近付いた頃、
 突然、真っ赤な衣裳の第二夫人が席を立ち、巫女達が座っている席に向かって歩きだした。
 
(何事だろう?)

世奈の前で、立ち止まっている。

「巫女には似合わぬかんざしをしておるな。私が失くしたものと実によく似ている」

 疑わしい目付きで、世奈の髪に差したかんざしに手を伸ばそうとしている。
 世奈は怯えながらも、かんざしを大事そうに押さえている。

(あの、ド派手ババァ、世奈が盗んだとでも言いたいの!)

 思わず立ち上がろうとすると、チヌに抑えられた。同時に、友達らしき巫女が世奈の前に出る。

「これは、スヨンのものです!」

 強い目力で、そう訴えている。

 第二夫人の顔が、鬼の形相に変わっていく……。

「無礼者! 巫女の分際で、私に意見するのか!」

 美しい庭園に怒声が響き渡り、騒ついていた空間がシーンと静まり返る。
 
(あのババァ、いったい何様なの!)

 それでも、チヌが首を横に振って私を制止している。
 今度は、巫女のリーダーが二人を庇うように前へ出た。

「申し訳ございません。無礼をお許しください! ですが、この者は、礼拝堂を出る時からこのかんざしを着けておりました」

 キッパリと、そう言い切った。巫女達をまとめているだけあって、さすがだ。貫禄がある。

 世奈は、大切にされているのだと思った。ここでは、上司にも友達にも恵まれているようだ。

「もう良い! そのかんざし、ちょうど飽きていたところだ。卑しい身分の者と張り合うつもりはない」

 とことん、自分のものだと主張する第二夫人。
 
(ムカつく……。もう黙っていられない)

 私が席を立つと、チヌは黙って頷いた。

「あの!」

 第二夫人と巫女のリーダーを割って、しゃしゃり出る。

「そのかんざしは、イケメン天使が世奈にあげたものに間違いないから!」

 言葉が通じていないのか、第二夫人が私を見て唖然としている。

「何を申しておる?」

「だから……、そのかんざしは、私の兄上がこの巫女に贈ったものなの!」

 今度は通じたようだ。その場に居る夫人達も、ひそひそと話しながらこちらに注目している。

「何を申す! 巫女が殿方に想いを寄せるなどあってはならぬことだ」

「はっ? そんな、アイドルじゃあるまいし」

 意気込んで言ってはみたが、ちょっと考えた。
 
(あれ、巫女って恋しちゃいけないの?)

 第二夫人が、勝ち誇ったような顔で私を見ている。
 
(まずい、劣勢になっている……。そうだ!)

 決定的な切り札になる、あの一件を思いだした。

「そうやって人を見下してるけど、あんたはどうなの? 国王と王妃の密会をこっそり覗き見してたじゃない!
そういうのを卑しいって言うんじゃないの!」

 言ってしまった。これだけは、心に仕舞っておくつもりだったのに。

「お前は、何を……」

「偶然見たの! 離れの庭で」

 第二夫人が口をパクパクさせながら後ずさりし、足早にその場を去っていく……。

「ヨナ様が、巫女を助けたのよ」「あのヘビン様に対抗できるなんて、勇敢な妃だわ」

 夫人達から、拍手が湧き起こっている。
 
(えっ、これで良かったの?)

「お礼、申し上げます」

 巫女のリーダーも深々と頭を下げ、世奈は瞳をウルウルさせながら私を見つめている。

 とりあえず、世奈のかんざしも無事だったし、みんな喜んでる感じだし、良かったのかな。しかし、チヌは怒っているだろうと、恐る恐る振り返った。

 意外にも、チヌは冷静で、何事もなかったかのように私を元の席に誘導している。

「このあと、あの巫女を南殿に参らせるよう手はずを整えてあります」
 
(えっ、世奈を呼んでくれてるの?)

 そうだよ、世奈と二人で話がしたかったのにすっかり忘れてた。
 気が効く。効き過ぎる。チヌは最高だ!!
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